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天然キープ野郎サンライトヒューマン
一度家に帰り、着替えやら何やらを持って――指定された病院へ急ぐ。
陽花ちゃんとは墓地で別れようと思ったけど、心配そうな顔でついてきてくれた。ありがたいし、心強い。
電車に乗るまではしばらく心が焦っていたが、陽花ちゃんが手を握ってくれたので、結構落ち着いた。
病院に入り、受付で僕の名前と見舞う母の名前を記入し、番号札を貰う。受付の人が母の病室を教えてくれたので、早歩きで向かう。
「私、ここで待ってるね?」
「いや、一緒に病室入ろうよ……」
陽花ちゃんは目的の病室の前で立ち止まり、壁に背を預けた。
「えっとね、よー君が心配でここまで来ちゃったけど、なんかね? よー君のオバサンもいるんでしょ? そう考えると、ちょっと、入るのはなーって……」
「あー、そっか。ならしょうがない。……じゃ、悪いけど待っててね?」
待っていてくれるのは嬉しいけど、帰っちゃってもいいんだよ? 寂しいけど。
なんて思うものの、クチにはしない。逆に怒られそうだから。
「うん」
花が咲く様な素敵な笑顔で、僕を見送る陽花ちゃん。
「太陽ちゃん、こっちこっち」
病室は、大部屋。
ベッドごとにカーテンで仕切られている。
入って手前の方から伯母さんが出てきて、手招きしてくれた。
「あ、叔母さん、こんにちは」
会釈しつつの挨拶をする。
「挨拶なんていいから、こっち来な」
伯母さんは、いわゆるキャリアウーマンだ。
髪の毛は肩までと短く整えられている。
瞳は性格を表すかの様に若干の釣り目になっている。
実際結構気が強いんだよな、伯母さんは。
「はい」
言われた通りカーテンをくぐって――ベッドに眠る母と対面する。
今朝より顔色が悪く見える。病室が暗いせいだろうか?
「太陽ちゃん。あんたの母さん、過労だってさ?」
「過労……」
母さんは点滴を受けている。
あの液体が体内に入ると、元気になるって寸法だろうか?
「……ほんと、馬鹿だねこの子は。こんな、倒れるまで働いて……、月にいくらも貰えないってぼやいてたクセにさ…………」
母は、そこそこの年齢だ。
それなりの金銭を貰う為に、現在ブラック企業みたいな所で働いている。
「聞く話によると、太陽ちゃんも働いてるんだって?」
「ええ、割と楽なバイトですけど」
僕がもうちょっとお金が貰えれば、母にここまで苦労かけさせる事はないだろう。
……そうだ、いっそ僕が瞳ちゃんの為に死ねば、お義父さんの手によって借金はなくなるんだった。
「そっか。太陽ちゃんも無理しないようにね? この子みたいになったら、そこにいる女の子が泣くぞ?」
陽花ちゃんが居るあたりの壁を指さす伯母さん。
「そこにいるって……ああ、さっきの会話聞いてたんですか」
「聞いてた。やっぱ彼女? 声、可愛いじゃん」
見た目もカナリの可愛さです。おっぱい大きいし。
「私が居ると太陽ちゃんの彼女、入ってき辛いみたいだし、この子起きたらすぐ退散するから――っと」
「……んー…………」
母さんが唸りながら覚醒した。
眼が覚めるなり上半身を起こし、辺りきょろきょろ見回してから、伯母さんを一瞥して――僕を見た。
「ここ、どこ? ……病院?」
「母さんは、過労で倒れたんだよ?」
「……そう」
点滴を横目で確認してから片手で顔を覆い、俯く母さん。
「あんた、検査があるから二・三日は入院だってさ?」
ちょっと笑いながらそう言う伯母さん。
「ええー? こちとら仕事があるってのに……」
「太陽ちゃんだって働いてるんでしょ? なら、少しくらい休んでも大丈夫だって」
「どこの世界に、子どもの金をあてにする親がいんのよ」
「私だったらアテにしちゃうけどなー?」
「心が柔軟でよろしい事」
「あれ、嫌味? お姉ちゃんに嫌味言っちゃったぞこの子?」
「いえ別に?」
仲の良い姉妹だ。
伯母さんも仕事中だろうに、こうして駆けつけてくれたんだろう。感謝しかない。
「じゃ、私仕事あるから会社戻るわ。何かあったら連絡してね?」
僕の頭を撫でつつ有り難い事を言ってくれた。
「ありがと、姉さん」
「ありがとうございます」
「あいよ、そんじゃねー?」
手をひらひら舞わせつつ、病室から出ていく伯母さん。
伯母さんの足音が聞こえなくなってから、僕は母さんに提案をしてみる事にした。
「……ねえ、母さん?」
着替えを棚に詰めつつ、会話をする。
「なあに?」
「いや、その……僕が言うのも、なんだけどさ?」
「いいから、言ってみなさい?」
これ、子供が言う事じゃないって分かってるけど、言わざるをえない。
「……会社変える事、考えた方がいいんじゃない?」
「仕事とは別に就職活動なんて、やってる暇ないわよ? これでも忙しいんだから」
「母さん、月にいくらもらってるけ、手取りで」
「二十一万ってとこかしらね?」
「……僕のバイト代もあるんだし、少しは余裕あるよね?」
母さんと僕のを合わせて、総額三十万。
借金返済に五万あてても、まだまだ余裕はある筈だ。
「貯金も多少はあるよね? だから、今の仕事を、その……辞めて。次はもちょっと身体に余裕ができる仕事を……」
僕の言葉を聞いて、苦笑いする母さん。
「太陽? 母さん、そこそこ年くってるのよ?」
それは分かってるよ。ほうれい線気にするくらいだもの。
「確かに、バイトだったり契約社員だったら、楽な仕事はすぐ見つかるかもしれないわ」
僕レベルの楽な仕事はなかなか無いかもしれないけど。
「でも、バイトとか契約社員って、企業側からいつでも切れるって事なのよ。それに、雇用形態によるけど、ボーナスも出ないし」
「うん……」
「借金返すんだから、正社員って安定した立場でいたいの」
正社員……、そうだよな。
僕が今現在正社員だったら、お義父さんを犠牲に瞳ちゃんを……いや、その場合でも、僕が死なない理由は無いか?
というか、お義父さんを犠牲にしようとしている僕って何だよ。
「ねえ太陽? 母さん、今の会社に入るまで結構時間かかったわよね?」
「そうだね……」
「だから、あんまり簡単にそんな、転職しろなんて言わないで? ね?」
「……ごめん」
正社員でいたいから、就職活動は出来ない。
でも、今のままでいたら、多分また過労で倒れちゃうんじゃないの?
だとしたら、やっぱり僕は死んだ方が……?
なんて考えていると、カーテンが少し開いた。
「ねえよー君。飲み物とか何か買ってこよ――あ」
伯母さんが居なくなった効果があってか、陽花ちゃんが病室に入ってきてくれた。
自然と母さんと目が合う陽花ちゃん。
「こ、こんにちはっ」
「あらあら、……えっと、確か、群咲さんだったわね?」
挨拶をする陽花ちゃんと、僕をチラ見して暗に確認をとろうとする母さん。
「そうだよ。群咲陽花ちゃんだよ」
名前を教えると、母さんが突然にやにや笑いだした。
「ごめんなさいね、息子につきあってこんなとこまでこさせちゃって」
「いえ、私が勝手についてきただけで……」
母さんは何故か、僕のわき腹に肘を入れて来た。
「なによ太陽ったら。彼女じゃないとか言っておきながらっ! このこのっ!」
病院内なのでお静かに。
「だから本当に違うって。彼女じゃないんだって」
「よー君、いつもこうなんですよ? どう思います?」
陽花ちゃんは不服そうにそう言いながら、僕の腕にひっついてきた。オート胸むにゅだ。
「駄目ね、最低だわ。最低最悪だわ、太陽」
「……へ? なんで?」
最低ならともかく、最悪とまで言われてしまった。
「昨日言ってたわよね、群咲さんがお昼ごはん作ってくれるって」
言った言った。確かに言った。
「それ聞いた時点で、彼女じゃないってのもどうかと思ったけど……」
「けど?」
「そこまで積極的に攻められて、彼女じゃないって言い張るのもどうなのかしらね?」
た、確かに、そう言われると……うーん。
「そうだそうだー!」
小声で母さんの味方をする陽花ちゃん。
「で、でもね? 僕には瞳ちゃんがいるから……」
母さんは、深々と溜息を吐きながら僕を蔑む様な目で見た。
「太陽、アンタ……」
「すぐこれなんですよ、よー君ったら」
不服そうな表情と声をしている陽花ちゃん。
「流石に観念しなさいよ太陽。ここまで想われてるんだから」
「いや、だから僕には……」
瞳ちゃんがいるんだって、何度も言ってるんだよ。
「それでも彼女じゃないって言い張るんなら、気をもたせる様な事はしないの」
そんなつもりは、無いんだけどな……。
「彼女じゃないのに? お弁当作ってもらって? そうやって腕にしがみついてもらって? 病院までついてきてもらって?」
改めて考えると、陽花ちゃんには結構お世話になってるよね。
母さんが言った以外に、朝の顔拭きとか髪のブラッシングとかもあるし。
「ねえ太陽、アンタもしかして一丁前に…………キープでもしてるつもり?」
「違う違うっ!」
予想外の言葉を受けて、思わず大きめの声が出てしまった。
二度目になるけど、病院内ではお静かに。
「ならなんなの? 彼女にしないなら、お昼ご飯も断るのが道理だし、ここまで来させるのもどうかしてる」
「……そうだね」
「太陽? 自分が傷つきたくないからって、いつでも誰にでも優しくするのはやめなさい?」
反論の余地は、無いかな。
「や、違うか。自分はどうでもいいのか、アンタ。なんてったってドMだもの」
「どうでもいい訳じゃないけど……」
「人の気持ちしか考えてないから、あんまり反発しないのよね、きっと」
どうなんだろう。そうなのかもしれないし、違うかもしれない。分からない。
「ねえ、太陽。相手に嫌な気持ちにさせない様にする事だけが、思いやりじゃないのよ?」
「でも、人を嫌な気分にさせたくないし……」
「それだけで生きていくのは、無理よ」
「……そうなの。かな?」
優しくしていれば、肝心な所だけでもある程度受け入れておけば、絶対に嫌な気持ちにならないんじゃなかろうか。
「昔から、私も父さんも忙しかったから良い子になろうとしたんでしょうけど。嫌な事も受け入れようって思ったのかもしれない。でも、そういう事からも、そろそろ卒業しなきゃね?」
卒業と言われても、母さんの言ってる事が、あまりよく分からない。
「嫌な事だって、厳しさだって、優しさになる事もあるのよ?」
「そうだそうだー」
良いタイミングで母さんの応援をする陽花ちゃん。
なんだか、自分だけ未熟者になった気分だ。
「じゃあ……陽花ちゃん? もう二度と話しかけないでって言った、ら……?」
「……ぐすん」
ノータイムで陽花ちゃんの目尻から涙が零れ落ちた。
しかも大粒のがぼろぼろと一瞬で。
「ごめんごめんごめん! 嘘! 嘘だから!」
母さんが病院に運ばれたと聞かされた時以上に、僕は動揺してしまった。
「……ほんとう? ほんとに、うそ?」
「ほんとほんと!」
「誰がそこまで言えと……」
母さんは呆れた表情で僕を見ている。
最近よく言われてた事を少し真似ただけだったんだけどな。
「あー、太陽。先に断っておくけど、毎日見舞いにこないでいいから。てか退院までこなくていいからね?」
着替えも十分にあるしね。
「え……そっか。わかった」
割と本気で言ってる様に聞こえるので、ここは従っておこう。
本当は毎日でも来たいんだけどね。
「そのかわり、群咲さんとちゃんと向き合いなさい」
「向き合う……」
何をどう向き合えっていうんだろうか。
「キープするつもりないなら、ちゃんと付き合うか付き合わないか、決めなさい。優柔不断は駄目」
ああ、なるほど。確かにそれはちゃんと言っておかないとね。
付き合えないって、ハッキリと。
「別に決めなくていいぞー。そのうち篭絡してやるー」
「……うん、そうするよ」
「今の、私と群咲さん、どっちに反応したの?」
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