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罪ばかり積み重ねる太陽
母さんが僕に、陽花ちゃんと付き合うかどうかハッキリ決めろと言ったせいか、途端に陽花ちゃんが積極的になってきた。
元々かなり積極的だったけどさ……。
「ねえよー君。なんならお母さんが入院してる間、夕飯も作ったげようか? じゃなくて、作らせてくれない?」
「あらいいわね! 太陽、是非そうしてもらいなさい!」
キープするつもりがないならハッキリしろとか言っておきながら、この反応だ。
母は多分、陽花ちゃんが彼女になればいいと思ってるのだろう。
「あ、……うん」
僕もはっきり断ればいいのに、思わずイエスと言ってしまった。心が弱くて嫌になる。
「よーし、おいしいの作るねっ?」
そういえば、毎日墓参りするのは前向きな行動じゃないと陽花ちゃんは言っていた。
きっと、母さんから見てもそうなんだろう。
前向きに生きる為に、今生きている人を大事にしてくれとも陽花ちゃんは言っていた。
だから、僕がいくら瞳ちゃんがいるからと断っても、陽花ちゃんは、ぐいぐい攻めて来るんだろう。
そうなるのは、やっぱり瞳ちゃんが死んでいると思っているからだ。
なら、瞳ちゃんが生きている事が証明できれば、僕を攻める事はなくなるのかもしれない。
僕が死ねばそのうち証明できるけど、そうなったら僕はこの世にいないからなあ……。
「息子の事、宜しくね群咲さん」
「おまかせ下さいっ!」
何故か仲良くなった女性二人。
話もそこそこに、僕達は帰る事になった。
家に食材らしい食材は無いので、一度スーパーに寄る事にした。
「よー君、何たべたい?」
「うーん、そうだなあ……」
少しだけ、目尻に涙が浮かんだ。
何食べたい? なんて、久々に聞かれたのが心に来た。じんわりと。
「なんでもいいかな」
これを言い過ぎて母さんが怒った時もあった。私は何食べたいか聞いてんのよ!ってね。
「好き嫌いとかないの?」
「特には。極端に辛かったり苦かったり酸っぱかったりしたら駄目だけど」
「それは私も同じよ」
「まあ、そりゃそうか」
話しているうちに、家近くのスーパーに辿り着いた。
二人仲良く店内に入ってすぐ、僕は買い物かごを手にした――が、陽花ちゃんに奪われた。
せめて荷物持ちくらいしようと思ったんだけどな。
「重くなるから、カゴは私が持つね?」
相手が陽花ちゃんじゃなくて瞳ちゃんだったら、こんな台詞は聞けなかっただろう。
むしろ自分でカゴを手にするんじゃなくて、瞳ちゃんの方からカゴを手渡されるまである。いや、それしかない。
「そ、そう?」
「よー君は、お財布役だからね。苦労はかけさせられないよー?」
僕が財布を出すのは当然だろう。それを引き合いにだされても困る。
「しっかし、すーずしー!」
店内に漂う冷気を全身で受けとめて喜んでいる陽花ちゃんが、歩を進める。
彼女の尻を追いかけるが如く、僕も歩き出した。
(女性と買い物するのって、なんだか、いいなあ)
買い物の最中――僕は夢想していた。
目の前に居るのが陽花ちゃんじゃなくて瞳ちゃんだったら、開幕菓子コーナー行ってたかなとか。むしろ僕が料理する側になるのかなとか。魚コーナーで「アンタも三枚におろされたい?」なんて言いそうだなとか。
この妄想が意味ない事は分かっている。
けど、想像せずにはいられなかったんだ。
だって僕の本命は――瞳ちゃんだから。
「……おや? 夏池君、こんな所でお会いするとは思ってもみませんでしたね?」
丁度、陽花ちゃんに「こっちとこっち、どっちがいーい?」なんて頭を肩に乗せてもらってた時、一番会いたくない人が現れた。
正直――げえええええええええええええっ!? って感じに。
「確かにそうですね、こんばんはお義父さん」
「はい、今晩は。……はて? どうして夏池君は群咲君と二人きりでいるのですか?」
「ええっと、それは……」
陽花ちゃんは、どういう訳か僕の背中に隠れている。
「……今日、私、晩御飯作るんです。それだけです」
僕を盾にしつつ、陽花ちゃんは本当の事をクチにした。
「はあ、そうですか……」
若干冷ややかな目で僕を見るお義父さん。
あー……、これは、やばい。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
おまけに背汗がやばい。冷房入ってるのに背汗が溢れ出て止まらなくてやばい。
「私はこれから会計なので、ここでお別れです。……夏池君?」
「はは……は、はい?」
「今度、お話がありますので、そのおつもりで……」
僕に対して威圧感を出してから、お義父さんは去っていった。
……ああ、次のバイトが怖い。明日が怖い。
「ねえ、どうしたのよー君? すっごい汗だよ?」
「ああ、いや、ねえ?」
なにがああで、いやで、ねえなのか。言った本人である僕でさえも意味が分からなかった。
「……そっか、もう亡くなったとはいえ、彼女だった人の父親だもんね。まだ、あれから一年ちょっとしか経ってないし…………気まずいか」
「ま、まあねえ」
こちらが何も言わなくても、勝手に間違った理解を示してくれた陽花ちゃん。
特に突っ込む必要はない。
「でも、気にしちゃ駄目。私と一緒に、前向いて生きてこ? ね?」
またこの台詞。前を向いて歩こう、だ。
これは暗に、私を彼女にしてって言ってるんだろうか?
「……いや、それは……」
「ひーちゃんレベルなんて言わないけど、それに近いくらいよー君の事が好きだよ? それだけは、忘れないでおいてね?」
苦笑いに似た笑顔を浮かべる陽花ちゃんは、再び足を動かしはじめた。
買い物かごに必要なものを入れてから、会計へ。
それが終わったら、僕の家に帰宅だ。ちなみに、荷物は全部陽花ちゃんが持ってくれている。頑として僕に荷物を持たせようとしない。
「よー君はさ? おっぱい大きい子と、ちっちゃい子、どっちが好き?」
「逆セクハラはやめてくれないかな?」
「わかった質問をかえるね? ……私のおっぱい、すき?」
完全にセクハラな質問だが――仕方ない、答えよう。
「………………好き」
乳輪の大きさによっては好き度合いがガラッと変わるけど。
いっそ丸みも全て小さい方が綺麗な場合も大いにあるだろうけど……。
「やだもう、よー君のすけべーっ!」
帰る道中、楽しそうにしている陽花ちゃんとこんな馬鹿みたいな話しながら、考えていた。
(こんなに好き好きコールされてるのに、はっきり付き合いを断れないのは、どうしてなんだろう?)
それは当然、瞳ちゃんが居るってだけじゃ告白を受けない材料にならないからだろう。
瞳ちゃんだけが理由だと、陽花ちゃんが納得してくれないからだ。
……そう、陽花ちゃん完全に僕への想いや未練を断ち切ってもらうには――説得しないといけないんだ。
これこれこうだから、貴女とはお付き合いできません、と。
だが、それが出来ないから困っているんだ。
彼女を納得させるだけの理由が、僕には無い。
……待てよ? むしろ、死ねばいいのか?
僕が死んで瞳ちゃんが生き返って?
そしたら、人殺し扱いも、親類の腫物に触れる様な態度も軟化するだろう。
おまけに瞳ちゃんが、彼女の寂しさを埋めてくれる筈だ。
そう、埋まらない訳がない。
だって、瞳ちゃんはいつだって人を振り回すから。
寂しいなんて思っている暇はない筈だ。
ちょっと極端な考えかもしれないが、それがいいかもしれない。
どうせ家の借金の事だってある。
母さんは僕がいるから無理して働いているけど、お義父さんに借金返してもらって、毎月家に八万入ったら?
そしたら、母さんだってそんな過労になる程働かなくて良くなる。
…………そっか、そう考えるとやっぱり――僕は、死んだ方がいいのかもしれない。
「今日、泊まってってもいい?」
「いや、それは……」
「…………ぐすん」
小さく泣き出す陽花ちゃん。
僕はそれだけで動揺して、ノーと言えなくなってしまう。
「あっと、えっと……」
駄目とは言えなくても、ここで泊まって良いと答えるのは流石に宜しくない。それくらいは分かる。
「……ごめんなさい。泣くなんて、卑怯、だよね?」
「そ、そんな事は、ないよ?」
泣きたくなったから泣いたんだろうし、別に卑怯とは思わない。
それにこの言い方だと、女の武器として涙を使った訳でもなさそうだから、機嫌をとる方向でいって良いだろう。
「ううん。……わかった、私、もっとよー君につくす!」
ガッツポーズして、大きく宣言した陽花ちゃん。
「昼ご飯だけじゃない、朝も迎えにいくよ! 晩御飯はそっちの都合が良かったら、いつでも作りに行くし! あと、あとは……あとは、なんでもするからっ!」
ここまで想われたら、男冥利につきるってもんだ。
およそ瞳ちゃん相手では、体験できない感情だったかもしれない。
「いや、今でもかなり尽くしてくれてるから……」
五月蠅いと評判の陽花ちゃんの指摘もそうだけど、僕の為に襟とか髪とか靴とか顔とか色々言ってくれて。
更には昼ご飯作ってくれて、墓参りも付き合ってくれて、病院までついてきてくれて、あげく夕飯まで作ってくれようとしている。
陽花ちゃんはそうやって色々してくれているけど、僕はどうだ?
僕は陽花ちゃんに、何か返してあげているか?
……何も、返せていない。
陽花ちゃんの好意や厚意を受け取っておきながら、瞳ちゃんがいるから駄目とつっぱねるばかり。
それじゃ駄目だ、最低に過ぎる。
でも、僕は彼女に何を返せばいいんだろう?
………………何も、思いつかない。
なら今は、彼女のしたい事をさせてやるのが優しさってもんなんじゃないのか? 思いやりってもんなんじゃないのか?
だとしたら――よし、仕方ない。受け入れよう。
「わ、わかったよ。泊っていいよ」
「――やったっ!」
もの凄く嬉しそうな笑顔を咲かせる陽花ちゃん。
「はあ、良かったー……」
彼女は、ほっと安心の溜息を吐いた。
「じゃあ、よー君ち行ったらすぐ私んちに帰ってお泊りの準備してくるからね?」
「あー、じゃあ荷物僕持つから、今から用意してきなよ?」
「ほんとっ!? じゃあ、お言葉にあまえるねっ! すぐ戻るから、おうちでまっててねっ!」
陽花ちゃんは荷物を渡すついでとばかりに、受け取る僕の握り拳に己の巨大な乳を押し当ててきた。
ボディタッチが激し過ぎやしないかな?
「じゃーねー!」
走りつつ振り返り、僕に大きく手を振ってくれている陽花ちゃん。
僕は、彼女の姿が見えなくなってから――呟いた。
「……泊まりは、やっぱり駄目じゃない?」
だからといって、再会してからやっぱり拒否するだなんて出来る気がしなかった。
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