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騒音おっぱいコミュニケーションと事故
夏がはじまったばかりの、七月中旬。
僕は、蝉しぐれを全身で浴びながら、背汗じっとりに通学路を歩いている。
向かう先は、公立・光ノ丘高等学校。
瞳ちゃんと一緒に通う筈だった高校だ。
電車の事故で瞳ちゃんが亡くなってから一年以上が経ち、僕はもう高校二年生になっている。
「お、よー君みっけ! おはらりあーっと!」
「うわっ!?」
背後から、顔見知りの女子生徒に軽くラリアットを喰らわされた。
相手はそのまま肘を降り、肩を組んでくる。
その肩の裏で、異性の胸を感じる。ふんにゅりと。
「お、おはよう群咲さん」
「はよ。あー、もうすぐ夏休みだけどさ、よー君は今年も彼女とか作らないの?」
僕をよー君と呼ぶ彼女の名前は、群咲陽花。瞳ちゃんの幼馴染だ。
天然に茶色く染まっている髪の毛は肩あたりまで伸ばしており、ほんわかとウェーブがかかっている。
類は友を呼ぶのだろう、瞳ちゃんの友達だけあって、良いルックスをしている。
彼女の顔には、誰もがむしゃぶりつきたくなるような、太めの色の良い唇が乗っかっている。
そして、たっぷり陽に焼けて浅黒くなった細い身体には、同性が羨むような豊かな乳房を実らせている。
夏になってからは生徒全員が薄着なので、彼女は男子生徒全員の目の毒になっている。
「群咲さんは、短い周期で彼氏変えてるんだっけ?」
高校に入ってから聞く群咲さんの噂は、悪いものばかりだ。
ビッチだのなんだのと、皆に揶揄されている。
「え、それどこ情報!? 誰に聞いたの!?」
彼女は、驚きながら僕の肩から離れつつ聞いた。
「保月君からだけど……」
「あんの野郎っ、よー君に余計な事喋りやがって!」
群咲さんは、ぎりぎりと歯を食いしばっている。
理由はわからないけど、僕に聞かれるのがそんなに嫌なのか。
「ってかそれより、よー君の話だよ! よー君そろそろ彼女作っていんじゃない!?」
「……そうかな?」
「そうそう。たとえば私とか!? なんつって!」
彼女は、頬を真っ赤にして冗談を言ってきた。
僕は、苦笑いをする事で答えを返した。
「あー……まだ、忘れられないか」
「うん……」
赤汐瞳。
僕の中学校からの彼女。
去年の四月、登校初日に電車に轢かれ――天に召された女の子。
当時の朝は確か、群咲さんが一緒に居た筈だ。
「まあ、そりゃそうだよね。よー君は、私みたいに薄情じゃないもん」
「薄情……」
「だって私さ? 墓参りなんか、盆にすら一回も行ってないし?」
僕は毎日だ。
「むしろ、ひーちゃんの事は忘れようと努力してるし?」
僕はその真逆だ。忘れたくなくて仕方ない。
「……私さ、ひーちゃんの顔、思い出す度に死にたくなる……許して、もらいたくなる。誰かに。心から」
誰にでもいいと、群咲さんはつぶやいた。
ちなみに群咲さんは、僕の名前が太陽なので、よー君。そして瞳ちゃんを、ひーちゃんと呼んでいる。
「あ、ごめん! 朝っぱらから暗い話になっちった!」
でへへと豪快に笑いながら、後頭部を片手でぽりぽり掻く群咲さん。
笑いには、若干のひきつりがあった様に見える。
「暗い話ついでに、よー君さ? ちょっと聞いて良いい?」
「いいよ? なあに?」
「えっと、その――」
群咲さんは、生唾を飲んでから、ゆっくりと喋り出した。
「――ひーちゃんが死んだ理由、誰かから聞いてる?」
瞳ちゃんが死んだ理由。
それは確か、ただの事故だった筈。
「駅のホームから線路側に転んじゃって、タイミング悪く電車が来ていたって話は知ってるけど?」
他に理由があるのだろうか?
多少は話題になったので、ネットで少し検索してみれば追加情報があるかもしれない。
一年前のニュースだけど、調べてみるのも悪くない。
そう思った僕は、歩いている最中だけど何気なくスマホを取り出して、検索しようとした。
「だめっ!」
スマホを操作しようとしたら、群咲さんに両手で、操作している方の手首をガッシリ握られた。
「今検索しちゃ駄目! やるなら隅っこで立って動かない! 絶対!」
「……え? あ、うん。そうだね」
僕が今やろうとした行為は――歩きスマホ。
危ないのでやってはいけない行為だ。
「ルールは絶対守る! おっけ!?」
頬を膨らませて、可愛らしく顔を近づけ鼻息をふんふん僕にかけてくる群咲さん。
彼女は、ルール等にとても五月蠅い。やかましい程に。
これは高校に入ってそこそこ話すようになってから知った、彼女の性格だ。
「うん、ごめんね、群咲さんルール違反嫌いなのに……」
「いいのいいの! ってか、……こういうの、駄目なんだよね。本当は」
「駄目って、何が? 注意するのは良い事でしょ?」
全然悪くない。むしろ今のは僕が完全に悪かった。
「ルールだなんだと五月蠅いからか、彼氏に別れを切り出されるパターン多いのよ……」
「……そっか」
たまに聞く、彼氏に対するグチ。
それの大体は、「うるさいってよく言われる」というものだった。
「私、そんなにうるさいかな……うるさいか」
「今迄ちゃんと聞いてなかったけど、主にどういう時にうるさいって言われてたの?」
「それは、なんか、テストの点数が悪かった時に、ちゃんと勉強しないと駄目じゃない! って怒ると、お前は俺の母親かよ! って。うるさいって」
「……なるほど」
ルールというか、相手がしっかりしてないと駄目なんだね群咲さんは。
「歩きスマホも、今誰もいねえから大丈夫だって! それにお前が見ておけばいいじゃねえか! うるせえな! って」
「ははあ。確かに、群咲さんが見ていれば問題なさそうだけど?」
「駄目! 絶対ダメッ!」
顔を真っ赤にして、ヒステリックに叫ぶ群咲さん。
「なんで?」
一人が歩きスマホ。もう一人が周囲の危険を察知する係。
何も危なくなさそうだけどね。
「そういう人って、絶対私がいなくても歩きスマホしてるの! だから、どんな時でも歩きスマホはさせない! 歩きスマホしないクセつけとくの! 危ないから!」
なるほど。五月蠅いって言われる訳だ。
確かにまるで母親だもの。
「やっぱよー君も、私の事、うるさいって思う?」
「……うん。うるさいかもしれない」
「あうう……」
僕の言葉を受けて、じんわりと目尻に涙をためる群咲さん。
「でも、他人の事を思ってそれだけうるさく注意できるのは、素敵な事だよ。誇っていいと思う」
「やった!」
褒められたと理解してくれたのか、喜んでくれている群咲さん。
「僕、そういう群咲さんのうるさい所、好きだよ?」
「はうっ……」
群咲さんは、両手で顔を覆い、その場でしゃがみこんでしまった。
「あれ? 群咲さん? どうしたの?」
「どうしたのじゃないっ!」
「え?」
駄目と叫んだ時より更に高音で、超絶ヒステリックに叫ぶ群咲さん。
「それは駄目! ルール違反! 反則! ファウルだから!」
どこがルール違反だったのか、僕には分からない。
ただ僕は、群咲さんの良い所を教えただけなのにな。
「てか、いま言ったね!? 私のうるさい所が好きだって!」
「うん、言ったよ?」
「私にずっとうるさく言われても、私のうるさい所好きでいられる自信ある!?」
「あるよ?」
だって好きだもの。
僕は、好きなものはずっと好きだよ?
「じゃあ勝負よ! 私に、うるさいのは嫌だみたいな事を言ったら、よー君の負け!!」
「え、勝負? ……別にいいけど」
どの状況になったら僕の勝ちになるのだろうか?
「ならさっそく! そのシャツなに!? ちゃんとしまう!」
群咲さんに、ズボンから若干ハミ出ていたシャツを指摘されたので、完全にインさせる。
よく見たら群咲さんもばっちりシャツをインさせているから、胸部がぱっつぱつだ。
「あとネクタイ! ちゃんとしめる!」
「は、はい!」
言われた通り、ネクタイを直す。
「そんなんじゃだめ! ほら! ちょっと貸して!」
群咲さん自ら、僕のネクタイを調整してくれた。
必然的に彼女の顔が近くなるので、心臓がドキドキ痛くなる。
「あとほらそこ、寝癖あるよ! すぐなおす! はい!」
そう言って、カバンから櫛を取り出す群咲さん。
「そうじゃないって! ああもう! 頭こっちよこして! ほら、こうやってやるの!」
何が気に入らないのか、群咲さんは僕の後頭部に手を当て、引き寄せた。
自然と彼女の胸が眼前に迫る。……はあ、本当心臓に悪い。思春期なのが辛い。
「はいできた! あと汗すっごいけど、タオルは?」
「もってないけど」
「次からはちゃんと持ってきなさい! 今日は私の貸してあげる!」
群咲さんは少し恥ずかしそうにしながら、ハンカチタオルで僕の汗をぬぐってくれた。
「やだ、絶対顔洗ってないでしょよー君! 駄目なんだからね! 朝くらい顔洗いなさい!」
「うん、そうだよね。身だしなみを整えるのは大切だ」
群咲さんは、僕の為になる事を言ってくれている。
仕方がない。注意はありがたく受け入れよう。
「……で、どう?」
一気にまくしたてる様に指摘してくれたせいか、ぜーはー息を荒くしながら不安そうに聞いてくる群咲さん。
「なにが?」
「私。うるさいでしょ? ずっとこんな感じだけど、大丈夫そう?」
「んー、そうだなあ……」
僕は顎に拳をあてて、考える。
今の調子で、どこぞのお母さんみたいにうるさくしてくるのか。なら……。
「他の人ならともかく、群咲さんに小うるさく指摘されるのは――」
「されるのは?」
「――気持良いかなっ!」
「へえっ!?」
そう、気持ちが良い。
群咲さんの指摘が、気持ち良い。心地良い。ぞくぞくするっ。
「だって、全部僕の為に言ってくれるんだもの。しかも同い年の女の子が! ずけずけと!」
「えっと……、そっか。よー君、そういえば、そういう人だったっけ」
「あー、バイトでも学校でも気持ち良いなんて、すごいラッキーだ!」
僕は現在、バイトに対しても気持ちよさや心地よさを感じている。
「え、それってどんなバイト!? いかがわしいバイトじゃないでしょうね!?」
「普通の家庭教師のバイトだよ? そこの子さ、気が強くてほんと――最高だよねっ!」
「そうなんだ……この変態っ!」
「あーっ、いいなあ。それもいいなあ」
変態と言われて喜んでしまうのは、どうしようもない。
一種の性癖でもあるからね。
「変態変態変態変態っ! 私の事五月蠅いって絶対言わせてやるっ!」
告白しよう。僕は――ドMだ。
女性にも男性にも、上から目線でモノを言われるのが大好きだ。
辛いのも楽しいのも、何もかもが大好きだ!
でも流石に、リアルで死ぬレベルは嫌だよ?
だから、そのくらいの事を言ったりされたりしない限り、僕が群咲さんを嫌いになる事は絶対にない。
「僕は、群咲さんのうるさい所、好きだって絶対言い続けるよ?」
「――っ!?」
またしても両手で顔を抑えてしまう群咲さん。
今度はしゃがむ事なく、近くの塀に肩をあずけた。力なく。
「どうしたの群咲さん?」
「……いって」
「うん?」
群咲さんが何と言ったか分からなかったので、唸る事で聞き返した。
そしたら、大ボリュームのリアクションがきた。
「先学校行ってて! 私、後で行くから! はやく!」
「え、なにどうしたの? 体調悪いの? だったら肩貸すよ?」
なんなら背負ってもいい。胸の問題があるけど。
「いいから、はやく行って! 先行って! 体調いいから! はやく!」
「いや、そんな事言われても、無理だって。よく分からないけど、ここに群咲さんおいてはいけないって」
本当は体調悪いの隠してるんじゃないの?
もしそうなら、手助けしたいよ。
「ああもう! じゃあよー君がここにいろ! 私は先に行く!」
等と叫んでから、群咲さんは全力ダッシュで学校へ消えていった。
ここに居ろと言われたので少し待ってみたが、群咲さんは帰ってこなかった。
「……しょうがないなあ」
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