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保月君は妹にタピりたい100%
群咲さんが帰ってこないので、一人でえっちらおっちら歩いて学校までやってきた。
全身が汗ばんでしょうがない。
他の学校ではエアコンが装備されている場合もあるらしいけど、この学校にそんなモノはない。
だが、エアコンの代わりに一つだけ、素晴らしいものが設置されている。
それは――WiFi。
インターネットを使用する為の無線LANだ。
生徒全員、学校中に張り巡らされている無線を己のスマホで使用出来る。
これが目的で光ノ丘高校にやってきたと言っても過言じゃないかもしれない。
「はよっす」
僕の教室に入り、自分の机の椅子を引くと、前の席に座っている友人が朝の挨拶をしてくれた。
当然、椅子に座りながら挨拶を返す。
「おはよう」
「なあ、聞いてくれ太陽! 俺さ、お前を殴る理由が出来たよ!」
嫌そうな顔をしてトンデモ発言をしているこの男子生徒の名は、保月鈴太郎。
高校に入ってはじめて出来た友達だ。
で、やっぱり類は友を呼ぶのだろう、保月君も僕に負けないくらいの変態さんだ。
超弩級のシスコンだ。
きっととんでもない理由に違いないけど、仕方がない聞いてみよう。
「なに? どんな理由?」
「妹のヤツ、太陽がお兄ちゃんだったら良かったって言いやがったんだぞ!?」
本当に涙を流しながら怒りに震えて拳を作る保月君。
下手な事言ったらすぐにでも殴りかかってきそうだ。
「僕は、保月君がお兄ちゃんだったら良かったかもなあ」
「……気持ち悪い事を言うんじゃねえ」
保月君から、怒りの表情が一瞬で消え失せた。別にそんな引かなくてもいいじゃない。
「あいつも、お前のどこがいいんだかな。ただのダダ甘馬鹿野郎なのにな」
「馬鹿野郎はともかく、甘いつもりはないけどね」
「殴られた相手の拳を気にするヤツが何を言ってんだ。普通は痛がって相手を憎むだけだろうに」
ぶっちゃけ、痛いのって気持ち良いんだよね。
だから、僕を殴って手首を痛められたら申し訳なくて……。
「妹も、殴った相手を兄にしたいとか、お互いどうかしてるぜ」
「逆に考えると、保月君も妹さんに殴られれば、もっと好きになってもらえるかも?」
「その発想はなかった!」
そうかそうか、やってみるのもアリだなと保月君はつぶやいた。
僕がいけたんだからイケるイケる。
「そういえばお前、……最近、元気な?」
「え?」
「二年になる前まで、ずっと死にそうな顔してたじゃん」
「ああ、ちょっと大変だったから……」
家の借金の件もあって、年中無休でバイト三昧だったからね。
精神的に死にかけてたよ実際。
「あんまり話聞くのもなって思ってたからノータッチだったけど、シフトでも減らしたのか?」
「いや? 今も毎日バイトしてるけど?」
「そっか。……なんだ」
どこかつまらなそうにしている保月君。
「なんだって、どうしたの?」
「もし暇なら、夏休み遊べっかなって思ってよ」
「えっと、一日や二日くらいならなんとかなると思うけど」
「そこは普通に家で休んどけ」
保月君はため息をひとつ吐いてから、僕の近況を聞き出そうとクチを開いた。
「で? 最近調子良い理由はなによ? 体が楽なバイトにかわったとか?」
「まあ、そうだね」
「一緒に遊べねえなら、一緒に働くのもいいな。……そのバイト、ちょっと紹介してくれねえか?」
「紹介――は、無理だね。ごめん」
「珍しいな、お前のクチから無理って言葉出るの。なんでだ? 別に店長とかにクチ聞いてくれなくても、店名とか教えてくれるだけでもいいぜ?」
「店っていうか、僕……その、今働いている所が特殊でね」
「特殊? 一体どんなバイトだよ」
これは、言って良いんだろうか。
……別に、言っていいか。
「その……瞳ちゃんの、お義父さんから仕事もらって、やってるんだ。色々気をつかってくれてね」
「ああ、なるほどな。……そういえばお前、バイトだけじゃなくて彼女さんの墓参りも毎日行ってんだもんな。そりゃ気にかけられるわな」
別に、そういう訳じゃない。
僕が毎日墓参りしていたのと、僕にお金をくれるのは、きっと別の理由だ。
「あ、それも言っておかなきゃだったわ!」
背後に人の気配がしたので振り向くと、そこには群咲さんが立っていた。ちなみに、彼女もクラスメイトだ。
さっきはどうして僕を置いて走り出してしまったのだろう?
なんとなく無粋っぽいから理由は聞かないけど。
「夜になってからお墓参りはやめなさい! 危ないから! なんなら、私がついていくよ?」
ありがたい申し出だけど……。
「でも、群咲さん、瞳ちゃんの墓参り、あんまりしたくないんじゃ?」
「うぐっ……そ、そうだけど…………」
「うーわ。その瞳ちゃんっての、群咲のかつての親友だったんだろ? その子の墓参りが嫌って、最低だなおい」
「あ!? なんだって!?」
群咲さんが怒りをあらわにしながら、保月君に近寄り、彼の頭に片手を伸ばした。
「ち、近づくなババア! こっち来るなって、加齢臭がうつる!」
「誰がババアだ! 匂う程の年じゃないっつの、このっ!」
「あいだだだだだだだだだだだっ!?」
こめかみを見事に親指でおさえつつのアイアンクローを、群咲さんは保月くんに食らわせた。
痛みに喘ぎ苦しむ保月君。……いいなあ。
「そうだよ保月君。ババアなんて失礼だよ。謝ろう? ね?」
「だれが謝るか! こんな胸デブに!」
「胸デ…………あんま言ってると、殺すよ? こっちは実績あんだかんね?」
どんな実績だ。まあゲームの話だろうけど。
「太陽。殺されたら俺の墓参りも頼むわ。毎日ハーゲンダッツ備えてくれ」
毎月八千円近くの出費はキツイかな。どうしてもってんなら頑張るけど。
「私は、保月じゃなくてよー君の墓参りなら毎日いくよ! 不謹慎だけど! 毎日タピってるヤツ備えるし!」
「嘘つけ尻軽! お前は毎日彼氏とヤリまくりって噂じゃねえか! 股間にタピられまくりらしいじゃねえか! だから触るな! ビッチがうつる!」
股間にタピは流石にパワーワード過ぎる。
「童貞に言われても屁でもないわ! 情けないヤれない男の戯言にしか聞こえないしー!」
「うっせ! 俺は操を妹に捧げると決めてんだ!」
「きんも! きもきもきもきもきんもー! 変態過ぎる! こんなのに触ると変態がうつるわ! えんがちょ!」
保月君を汚らしい目で見ながら、僕の背後に回って両肩に手を置いてくる群咲さん。
おっきい胸が後頭部に当たってもう駄目だ。
「言っておくがな、太陽もかなりの変態だぞ?」
「近親相姦願望野郎とは違って、まだまだ健全ですからよー君は! 一緒にしないでくれる!?」
妹と子づくりしたい超弩級変態シスコンお兄ちゃんと、ただの究極ドS野郎。
確かに全然違う。一緒じゃないね。変態って枠組み以外は。
「……ああ、一緒じゃねえな。そんなデブ胸頭におしつけられて顔赤くしてる野郎とはな」
「きゃっ!? やだ、ごめんなさいよー君!」
群咲さんは謝りながら、僕の後頭部に押し当てていたおっぱいを離してしまった。残念。
「なにがきゃっ、だよ。わざとのクセによお?」
「あ? なんだって?」
片手をワキワキさせて、ドスのきいた声を出す群咲さん。
「いえ、なんもないっす。はい。もうやめてください。痛いんで」
頭を両手でかかえてガードする保月君だった。
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