クビを取ったらクビになるのは当たり前

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クビを取ったらクビになるのは当たり前

 昼食時、家から持ってきたおむすびを食べていたら、通りかかった群咲さんに注意された。 「もっとちゃんとしたの食べなさい! 明日から毎日お弁当作って来てあげるから! いいわね!?」  断ろうと思ったが、割と本気で言ってくれている顔だったので、仕方ない。ありがたく甘える事にした。  保月君は「どうせ茶色い弁当なんだろうな」なんて呟いて張り倒されていた。  そんなこんなで――放課後。  教室の清掃後、どこにも寄り道する事無く、制服姿のままバイト先に向かう。  徒歩で数十分もすると、目的地が見えてくる。  僕の仕事場は、あの大樹の葉にどっさり寄りかかられ、全体の半分近くが隠されている一軒家だ。  瞳ちゃんからの情報によれば、およそ百平米。  土地のほとんどが木々で覆われており、夜になると不気味な雰囲気を醸し出す様になる。 「ちょっと遅れたかな……」  家は土地のど真ん中にあるので、門から入って少しだけ歩く必要がある。  貧乏草で手を切らない様に気を付けながら進み、一軒家というか仕事場に到着。  そして、チャイムのボタンを押す――なりすぐさま解錠され、玄関のドアが開いた。 「…………ふんっ」  不遜な顔をして、鼻から息を吐いているのは、去年亡くなった――瞳ちゃんだ。  彼女が座っている車椅子は超高性能であり、手元のタッチパネルで車椅子の移動やら家中のドアの操作やらが出来る。  およそ三か月前の――四月。  毎日のように墓参りをしていた僕は――吸血鬼となり蘇った瞳ちゃんと再会した。  ヴァンパイアガール瞳ちゃんだ。  再会した際、彼女の肉体をぎゅっと抱きしめ――結果、四肢を四散させてしまいえらい事になった。  吸血鬼と化した瞳ちゃんの髪の毛は、銀色に光っている。  瞳は若干赤みがかかっているが、カラコンはしてないみたいだ。  彼女の身体はまるで小学生みたいに小さい。ロリだ。保月君のド・ストライクだろう。きっと。  顔も胸も腰も足も小学生だけど、瞳ちゃんは頬だけが幼稚園児だ。  今にも零れ落ちそうな、美味しそうなほっぺをしている。 「こんにちは、瞳ちゃん」 「…………ふんだっ」  彼女に何故かそっぽを向かれた。  気を付けてよね瞳ちゃん。自分で作り出した遠心力だけでも手足や首がとれるんだから。  それくらい瞳ちゃんの身体は――脆いんだから。 「やあ、今日は少し遅かったみたいですね」  瞳ちゃんの後ろから出て来たのは、彼女の父親、赤汐(あかしお)悠太郎(ゆうたろう)さんだ。  やせ細った身体に白衣を纏っている、黒ぶちメガネの似合うくたびれた感じの男性。  顔は完全に馬面。草食っぽいというか、見た目も性格も優しい。  彼の職業は、医者。しかも病院の院長先生だ。  彼は己の知識や権利をフル活用して、瞳ちゃんを生き返らせたという。  僕は、そんな彼の事を基本的に――お義父さんと呼んでいる。 「ええ、学校で掃除があったもので……昨日、言っておいたんですけどね?」  そんな僕の言葉を聞かず、瞳ちゃんは車椅子でぷりぷり奥の自分の部屋に行ってしまった。  しょうがない。ドMはドMらしく、彼女の怒りを受け入れよう。 「そういえば、お義父さんがこの時間に居るのは珍しいですね? お休みですか?」  お義父さんは首を振って、僕の言葉を否定した。 「いえ、用事があるんですよ。……そうそう、今日は君の血を頂きますからね? お給料も今晩に」  手取り月給八万固定である。  ほぼ毎日ここに来て、午後五時あたりから午後十時まで勤務となる。休みは月に四日あるかなって程度だ。  時間だけ考えたらそこそこのブラックだけど、実際は瞳ちゃんと遊んでるだけだから逆にホワイトかもしれない。  というか扶養の事もあるから、どっちにしろこの金額でいいんだけどね。 「ああ、そうでした。今日でしたっけ」  四月に出会ってから、一か月ごとに二百ミリの献血を僕はしている。  献血と、瞳ちゃんに今日学校でやった勉強を教えたり、その他色々と相手をする事。それが仕事内容の全部だ。 「最近元気になったように見受けられますが、ちゃんと食べられてますか?」 「あはは、はい、最近はもうちゃんと食ってます」  一時期、精神的に参りすぎて食べれなかった事あったからね。  いくら僕がドMでも、キャパってもんがある。 「それはよかったです。では、あの子の相手が終わったら、帰る前に地下に寄って下さい。私は二・三時間程度で戻りますから」 「はい、わかりました」 「結構。……ウチのお姫様の事、頼みましたよ?」  お義父さんは、玄関から外に出ていった。  未だ開いている玄関のドアから外を覗くと、僕が来た後にすぐやってきたのか、家の門の前には大きな――車があった。  それと、軍服らしきものを来た外国人さんたちも居た。  お義父さんはあの人達に用があるのかな? 「まあいいや」  僕には関係ないだろうしね。  それよりはやくお姫様、っていうか瞳ちゃんの所に行かないといけない。  玄関のドアを閉めてから、早歩きで彼女の自室へ向かう。 「どうも、家庭教師です。入ってもよろしいですか?」  なんて言いながら、彼女の部屋の扉を叩いてみた。こんこんっとな。 「入っていいかな? 瞳ちゃん?」 「…………勝手にすれば?」  ――っ、ゾクゾクするっ! 背筋がしびれる! 「お邪魔しますっ」  がちゃり。  瞳ちゃんの部屋に入る。  彼女の部屋は、さっぱりしている。  何もないは言い過ぎだけど、何もないとしか表現できない。  あるのは、一つの真白のベッド、車椅子より高さのある机、チェスト、それとテレビ程度のものだ。  窓にはカーテンがかけられており、窓の外側にはシャッターが下りている。  この部屋には、絶対に日光が入ってこない仕組みになっている。  光源は蛍光灯のみだ。 「じゃあ先に勉強しよっか?」 「…………」  彼女は車椅子に備え付けられているタッチパネルで移動が可能だ。  だから、自分で机まで動いてこれる。  けど、瞳ちゃんは黙ったまま動こうとしない。 「どうしたの?」  僕は彼女の目の前でしゃがみ、事情を聞こうと試みた。 「………………掃除、する必要ある?」 「……へ?」  瞳ちゃんは、目尻に涙を溜めながら涙声で喋っている。 「アンタ、バイトの時間に遅れそうだからって言い訳して、なんで早く来な――っ!」  途中で台詞を止める瞳ちゃん。  そっか、寂しかったんだね。  こんな家にずっと一人だもんね。  まったくもう、しょうがないなあ……。 「ごめんね瞳ちゃん。出来る限り早く来るから、そんな泣かないで? ね?」  彼女の涙を、指でぬぐいとってあげたかった。  昔なら、そうやっていた。  でも、今は出来ない。  ちょっとした衝撃で、彼女の身体が崩れてしまうから。 「泣いてない! てか間違った! 来るな! 二度と来るな! 二度と!」  顔を真っ赤にして怒鳴る瞳ちゃんが可愛い。 「はいはい」 「本気で言ってんだからねアタシは!」 「とりあえず勉強しようよ?」 「…………ふんっ!」  ぷりぷり怒ってる様子の瞳ちゃんは、机の所までやってきた。  彼女は車椅子があるので、他の椅子はいらない。  僕だけ部屋の隅にある椅子を持ってきて、シットダウン。 「では、授業をはじめます」 「ポンコツ教師のクセに……」  教科書とノート(瞳ちゃん用に書いたヤツ)を開いて、いざ勉強開始――したのはいいんだけど。  やっぱり僕はポンコツなもんで、色々問題が出てくる。 「……あれ? これ、よくわからないな。どう計算したんだっけ?」 「はあ!? ならちょっと、教科書見せなさい! ほら、アタシの目の前開いて! そう! ページめくる!」  ぺらぺらぺらぺら。  何ページかめくると、瞳ちゃんは口頭で答えてくれた。  何故口頭かというと、ペンが持てないからだ。ヘタに持つと手が壊れてしまう。  瞳ちゃんは頭が良いので、口頭で十分なんだ。 「ごめん、もちょっとゆっくり言って? ノートに書けない」  彼女が喋る速度と僕の書く速度が違い過ぎる。 「ったく。生徒に教えてもらって金をとる教師なんて、たまったもんじゃないわ! この給料泥棒!」 「おうっふっ!」  瞳ちゃんに言葉攻めで気持良くさせてもらいながら、二時間少々で勉強は終わった。  僕がエクスタシーを感じる度に、彼女の眼が冷たくなっていったのが素晴らしかった。その目がいいんだよその目が。 「あー、馬鹿教師につきあってたら喉乾いた。血」 「うん」  チェストから献血パックを取り出し、瞳ちゃんの所に戻る。  それからパックを開き、筒状の吸い取り口を瞳ちゃんの唇に近づける。 「…………あむっ」  瞳ちゃんは嫌そうな顔をしてから、筒から血を吸い取りはじめた。  最後まで飲み切ってから、彼女はしかめっ面をした。 「うげっ、まっず……最悪…………」  彼女は吸血鬼だ。  人間もそうだろうけど、食事には好みがある。  今回の人の血は、瞳ちゃんの好みに合わなかったみたいだ。 「……口直し。アンタのヤツ。あとちょっとだから持ってきて。どうせ今日補充でしょ?」 「わかったよ」  もう一度チェスト間を往復し、再度瞳ちゃんにパックを差し出す。  今回は、僕の血だ。  瞳ちゃんは僕の血は美味しく感じるみたいで、口直しはいつもこれだ。いつも僕の血だ。  …………うれしい。 「はい、どうぞ」 「はぷっ」  事ある毎にこれで口直しをしているので、残りはわずかだった。  数秒のうちに、瞳ちゃんは僕の血を飲みきってしまった。 「なんだかんだいって、アンタのが一番マズいわね」  恍惚とした表情で言ってるので、全然説得力が無い。 「本当なんだから! どんな血よりもアンタのが最悪だから!」  焦って言い訳をするかのように怒鳴る瞳ちゃん。 「なら、一番のは誰?」 「そりゃ親父よ」  ロリな見た目と声で、親父という言葉を吐くのはなかなか強烈だ。  本人曰く、顔見知りの人間の血ほどマシな味になるらしい。  見ず知らずだと気持ち悪くて最悪だとかなんとか。 「で、僕の血が一番嫌なんだね?」 「そうね」 「なら、もう献血しないほうがいいかな」  もし一番マズイってのが本当だったら、その方が良いに決まってる。  でも……そうは思えないんだよね。 「あら、いい考えね? 是非そうしなさい?」  僕を子馬鹿にするかの様に鼻で笑う瞳ちゃん。 「そうさせてもらうよ。注射も苦手だしね」 「……ふん。勝手にすれば?」  瞳ちゃんは、手に持っていた僕の名前付きの献血パックをもう一度咥えて、ずごずご再び吸った。  確かに、よく見るとちょっとだけパックに血が残っている。 「ふら、ほれすててひなさひ」  完全に吸いきったパックを、口に咥えたままこっちに差し出してきた瞳ちゃん。  今の言葉を訳すると、「ほら、これ捨ててきなさい」だ。  吸い取り口をぷりぷり唇で挟んだままなので、若干のエロスを感じる。 「うん。わかったよ」  僕は彼女のパックに手をかけ、腕を引いた。 「んむー」 「ちょっと、瞳ちゃん?」  パックから唇を離してくれない瞳ちゃん。  僕がパックを引いたせいで、唇がむにょんと少しだけ飛び出ているのが可愛い。 「ほーら、そう意地悪しないで?」 「むゆー」  僕はドMだけど、瞳ちゃんは真逆だ。  ドとまでいくかどうかは分からないけど、完全にSだ。  僕たちはまるで磁石のように正反対なんだ。 「もう、瞳ちゃんったら……」  僕は軽く笑いながら、もうちょっと伸びる唇を見ていたくて、パックをゆっくり後方へひっぱった――その時!  ――ごぎんっ。  鈍い嫌な音と共に、瞳ちゃんの――首が、もげた。 「ぎゃああああああああっ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいっ!」  地面に落ちた彼女の首が、転がりながら恐ろしい形相で痛みに喘いでいる!  血飛沫が酷い! でも、そんなの気にしてられない! 「ごめん、すぐ戻すから!」  僕は急いで彼女の頭を持ち、車椅子にもたれている胴体の正しい位置に押し当てた。  すると、しゅうううう……という音と共に、首が接合されていく。  もげた首が、胴体と完全にくっついた。 「うううううっ……」  傷は完全に治ったが、未だ苦しんでいる瞳ちゃん。 「ご、ごめん。僕が無理に引っ張ったから……」  僕は内心ひやひやというか、おろおろしながら謝った。 「本当よ! アタシが脆いってわかっててなんで引っ張ったの!? 馬鹿なんじゃないの馬鹿なんじゃないの馬鹿なんじゃないの!?」  クチを離さなかった瞳ちゃんにも問題があった気がするけど――仕方ない。受け入れよう。  確かに僕が悪かったんだから。邪な気分でもあったし……。 「……本当ごめん。瞳ちゃんの伸びる唇が可愛らしかったから、もうちょっと伸ばしてみたくて……」  もっと可愛い所を見ていたかった。ただそれだけの、愚かな行為。 「何それ! 本当に馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの馬鹿じゃないのっ!?」  瞳ちゃんは顔をカンカンに真っ赤にさせながら怒っている。  僕は彼女の前でひたすら頭を下げるしかない。 「……これだから、アンタは嫌なのよ…………」 「ごめん。……本当に」  出会って開幕、僕は彼女を抱きしめて身体をバラバラにしてしまった。  それだけならいい。よくないけど、まだいい。何も知らなかったんだから。  でも今は違う。  彼女の身体が、ちょっとした拍子で壊れるってわかってて、やったんだ。  可愛いあまりに。  勿論、首をもぐ気でやったわけじゃないけど……。 「アンタ、雇用主の娘になにしたか分かってんの!? ねえ!? 覚悟してんでしょうね!?」 「覚悟……」 「クビ! アンタは今日でクビよ! クビクビクビ!」 「……うん。わかった」  これは、仕方がない。本当に仕方がない。  何も言い訳が出来ない。 「仕方ない。今まで、お世話になりました」  僕は立ち上がり、深々と頭を下げた。  とりあえず、これからも献血には来ようと思う。  あと、クビになってもここには出来るだけ寄ろうと思う。  その必要があると思うから。  僕が、ここに来たいから。  お金は貰えなくても、瞳ちゃんに会いに来たいから。  バイトを探さないといけないから、頻度は減るだろうけど。 「今日はもう、帰るね」 「その前に、親父から金だけは受け取っておきなさい? 多分今なら地下室にいるだろうから」 「わかったよ……ねえ、瞳ちゃん?」  僕は、ドアノブに手をかけながら、聞いた。 「仕事とは関係なしに、瞳ちゃんに会いに来てもいいよね?」 「は? 駄目に決まってんでしょ?」  何言ってるんだコイツみたいな顔で、瞳ちゃんはきっぱり言ってのけた。 「もう二度と来るんじゃないわよ! 分かったわね!?」  瞳ちゃんは、どこか悲しそうな眼をしていた。
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