嘘の入り混じった救出策

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嘘の入り混じった救出策

 キスされてしばらく一人で呆けていたが、はっと気が付き駐車場に向かった。  お義父さんが既に乗っている車に近づくと、自動的に助手席のスライドドアが開いた。 「瞳と何やってたんですかねえー?」  若干いやらしい顔をして聞いてくるお義父さん。  雇い主の質問だ、仕方ない……。 「瞳ちゃんにキスしてもらってました」 「いくらなんでも正直過ぎませんか?」  裁判官なお義父さんは軽く笑いながら、車をゆっくりと発進させた。 「……ところで、お話というのは?」 「ええ、それなんですが……その、夏池君はどれくらいクローン技術について知ってますか?」 「お恥ずかしい話、ほぼ知りません。牛かなんかしらでやってたくらいしか……」 「なるほど。では、とりあえずそこらへんからお話しましょう」  お義父さんの話がはじまった。  クローン技術により生まれた生物で有名なのは、二つ。  スコットランドのクローン羊「ドリー」と、中国の猿のクローン。  ドリーはとある雌羊の細胞により生まれ、同じ農場に居た羊と同様の病にかかって死んだ。  中国の猿は、体内時計を引き抜かれた状態の細胞で造られたせいか、うつ病や統合失調症、不眠症に陥っているという。  どちらのクローン生物も、何十回という実験の結果生まれたものだという。 「でも、私は瞳を、たった一度で生き返らせました。それも、クローンなんていうチャチなもんじゃない状態で」  クローンはあくまでクローンであって、本人ではない。  それまであった技術では、瞳ちゃんの娘みたいな人間しか作れない。  しかし、お義父さんは、iPS細胞、遺伝子工学、ゲノム編集、そして元々していたお義父さんの研究、それら全てを混ぜ合わせ――瞳ちゃんを作った――否、生き返らせた。 「そう、私の研究は完璧だった、筈だった。電車に轢かれバラバラになったあの子の細胞全てを回収し、血肉を増幅させ、元に戻した。……その、つもりだったんです」  けど、そうはいかなかった。  お義父さんは、瞳ちゃんを人間どころか、それ以上の存在に押し上げてしまった。  ――吸血鬼。  人の血を喰らい生きながらえる、空想上の生物。 「あの子は、生き返った時から銀髪だった訳じゃありません。目だって、あんなに赤くなかった。私があの日、朝に見た時と同じ、黒髪で、黒い眼をしていたんですよ……」 「なら、いつから瞳ちゃんはあんな見た目に?」 「その前に、瞳を再生してすぐの事をお話しましょう」  瞳ちゃんの蘇生が完了したのは、僕が高校一年になった四月より――半年後の十月。秋の季節だ。  生き返ってすぐ、瞳ちゃんは歩く事は出来たという。  夜中秘密裏に、病院でどんな検査をしても健康体だった。  なので、家に帰りたいという瞳ちゃんの要望もあって、暗いうちに帰宅させ、その翌日。早朝の事。  自室より響く瞳ちゃんの声に気が付いたお義父さんは、彼女の部屋に直行した。  するとそこでは―― 「窓から注ぐ朝日に焼かれた――瞳の両足が、無くなっていました」  蘇生して病院に居た頃は、誰かに姿を見られても困るので、窓もない部屋に居た。だから、病院では彼女に異常に気が付けなかった。 「幸い、瞳の足はすぐ再生しました。……それを私は、…………不気味だと、思ってしまいました」  化け物でも作ってしまったんじゃないかと、瞬時に考えてしまったという。 「酷い話ですよね。人間とは明らかに違う娘を、一瞬とはいえ化け物と思ってしまうだなんて……」 「…………」  僕は、なんと言えば良いか分からず、黙ってしまった。 「足が再生した、それだけで一瞬脳内で娘を化け物扱いしましたが、……今でも、瞳を化け物だと思ってしまっています」 「……それは、どうして?」 「…………夏池君。君は、気色悪くないんですか?」 「えっと、何がですか?」  お義父さんは大きく溜息を吐いてから、車を脇に停止させ、両手で顔を覆った。 「…………血を、吸うのが、です」  いや別に、そんな気色悪いなんて思わないけど……。 「あの、お義父さん? 瞳ちゃんが血を吸うのと、僕らが肉や魚を食べるの、どう違うんです? まだ瞳ちゃんの方が良心的ですよ?」  命を奪っていない分だけ、相当マシだ。 「確かに、そうなのかも、しれません……でも、他人の血を好んで飲む姿は、人間では…………」 「人間じゃない、と」  人間は人間を食べたら人間じゃなくなる? そんな馬鹿な。  人間は人間だから人間。それでいいと思うんだけどね。  まあ、今の瞳ちゃんは吸血鬼って呼んだ方がしっくりくるっちゃくるけど。  随分可愛らしい吸血鬼だ。 「私は、瞳を人間に戻すために、権力にモノをいわせ、色々な情報を手に入れました。時には、脅しをかけた事もあります。……夏池君も、軽蔑する様な事を、沢山しました」  それは仕方ないんじゃない? だって、可愛い瞳ちゃんの為だもの。 「軽蔑? いえ、すごく良いお父さんだなって、僕は思いますけどね」 「……例え私が、他人を自殺に追い込んでいたとしても?」 「人としてはともかく、父親としては尊敬しますよ」  それだけ愛情が深いって事だから。 「…………すみません。私たち親子は、夏池君の優しさに甘えてばかりですね」 「そうでもないですよ。こっちもお金欲しいですから?」 「……あははっ」  お義父さんは笑ってくれた。少し、気が晴れた様な顔をしてくれた。 「本当に君は、優しいですね……」  それよく言われるけど、僕はそう思わない。  ただ、普通に行動して言葉を発しているだけだから。  超絶ドMなだけだから。 「そんな君が、あんなにやせ細ったのは気の毒でした」 「ああ、つい最近まで、色々ありましたからね」 「そのようですね。……今、家の方は大丈夫ですか?」 「ええ、問題ありません。お義父さんにお世話になってますからね」  僕があまり物を食べなくなったのには、理由がある。  家の借金だ。  およそ二千万残っている。今は少しは減っただろうか……。  父親の経営する会社が破綻し、背負った借金だ。  前々から経営が難しくなっていた事もあって、色々な所に借金をしていたらしい。  会社が亡くなってすぐ、父親が失踪した。  そのうち死亡が確認された。水死体として発見されたという。  母曰く「保険金の為に、自然に死んだつもりなんでしょうね」との事。  しかし、自殺認定により保険金はおりなかった。  母はなんとかかんとか頑張って、一般企業に就職した。  毎日夜遅くまで働いてくれている。  食事は、お互いコンビニか惣菜だ。  母は、自己破産等や相続放棄、だったか、そこいらへんの手続きをしようとはしなかった。  ――借金なんてすぐ放棄できるなんて、太陽、貴方にそんな経験はしてほしくないの――と、母はそう言っていた。  今は違うけど、母親は仕事で帰るのが酷く遅く、僕とあまり会う事はなかった。  たまに会う母は、酷くやつれていた。  僕も借金返済に協力する為に、バイトをはじめた。  母と同様、僕も帰るのが遅くなった。  しだいにコンビニ飯等にも飽きてきた。食事が、おっくうになってきていた。  食事をあまりしなくなって、どんどん痩せていった。  そんな時、僕の心の支えになっていたのが――墓参りだった。  大好きな瞳ちゃんと出会える。  大好きな瞳ちゃんのお世話が出来る。  例え地面に埋まっていても、そこにいるのは分かっている。  だから、楽しかった。  墓参りは、楽しかったんだ。  毎日、瞳ちゃんに出会いたくて、お墓まで来ていたんだ。  ……それでも、本当は辛かった。  瞳ちゃんがいなくなって、父親までいなくなって。その上借金を背負って……母親はいつも大変そうで。  心が、壊れそうだった。  だからだろう、食べたくなかったのは――食べられなくなったのは。  けど、あの日、四月。  吸血鬼になった瞳ちゃんに「え、なにそれ痩せすぎキモッ! アンタのほうが死人みたい!」と言われてからは改善した。  別に瞳ちゃんにそう言われてゾクゾクした訳じゃない(したけど)。  瞳ちゃんに、涙ながらに痩せすぎだと言われたから、心に響いただけだ。  瞳ちゃんが、本気で心配してくれたから、僕はなるべく食べるようにしたんだ。 「いいえ、世話になってるのはこちらですよ」 「とんでもない」  お義父さんが瞳ちゃんを生き返らせてくれなかったら、今頃僕はどうなってた事か……。 「……お世話になっている君に、私はこれから選択を迫ります」 「選択?」 「ええ。……私、実は某国のとある研究施設とコンタクトをとっています。そして、今その国の軍が動いています」  ……は? 海外の軍って事? 「私は、瞳を人間に戻したい。それは、分かってくれますね?」 「はい」 「その研究施設は、瞳を人間に戻す方法を知っています。……私も、教わりました」 「本当ですか!? 瞳ちゃん、人間に戻れるんですか!?」  夢みたいだと思った。  太陽の光だけで死んでしまう瞳ちゃんが、また青空の下に戻れると思うと、泣けてくる。 「本当です。その為に、夏池君に協力してもらいたい事があるのです。拒否権はあります」 「あるんですか……」  さて、どんな選択肢が出てくるんだろうか?  瞳ちゃんを人間に戻すのに協力するかしないかの二択だけだったら、簡単なんだけどね。 「瞳の事は他言無用。生存していると誰にも言ってはいけない。……その事は、覚えていますか?」 「ええ、覚えていますよ」  そう、僕は誰にも、例え親にも「瞳ちゃんは生きている」と言ってはならないんだ。  その理由として、瞳ちゃんを外に出せない、というものがある。  瞳ちゃんは現在、死亡したとされ、学校にもどこにも行っていない。  彼女は今、社会的には完全に死んでいる。  なら普通に生きてますと届け出ればいいと言うかもしれないが、そうはいかない。  だって瞳ちゃんは――陽の光を全身に浴びただけで死ぬのだから。  部分的に光にあたればそこだけ消滅してしまう。  よって、学校にも通えやしない。  それなら、夜間学校に通えばいいという意見も出るかもしれないが、あの身体のモロさがある。  埃を払っただけで皮がはがれ、転んだだけで足がもげる身体だ。  誰かが付き添っていたにしても、外は危険だ。  だから、今は死んでいる事にして家にしまっていた方がいいんだ。 「もし君がこれから私の出す選択で、瞳を人間に戻す協力をして下さるというのなら、君の家の借金全て肩代わりした上で、毎月これまで通り八万円支払います」 「え、でも、瞳ちゃんが人間に戻ったら僕がバイトする必要もないし、僕に金を払う必要もなくなるのでは?」  ポンコツ家庭教師なんてお役御免だろうし。 「……ですので、八万円は貴方のお母さんにお渡しします」 「はあ……」  僕は小首をかしげて、お義父さんの言葉を待つ。 「……あの、夏池君。瞳に、人間に戻って欲しいと思いますか?」 「当然ですよ!」  思わない道理がないだろうに。 「その言葉が本当だと信じて、お話させて頂きます」 「わかりました」  お義父さんってば、さっきからもったいぶるな。  さっさと瞳ちゃんを人間に戻す方法を言ってくれればいいのに。 「……血、瞳は食事の代わりに、血を飲んでいますね?」 「そうですね」 「その血を、同じ人間から大量に摂取すれば、瞳は人間に戻ります」 「大量に?」  毎月僕は、二百ミリの献血をしている。  僕も少しは勉強したので、献血に色々種類があるのも分かっている。  献血は全血献血と、成分献血に分かれる。  全血献血は、血液の全ての成分を献血するものだ。  逆に成分献血は、血小板などピンポイントで成分のみを献血するというものだ。  ちなみに、僕が瞳ちゃんの為にやってる献血は、全血献血。  毎月全血献血するなら、二百ミリと決まっている。  三か月ごとなら四百ミリ。  そして成分献血となると、二週間ごとに六百ミリ以下の献血が可能となる。  それぞれ、再び献血するまでの期間が決まっている。  しかも全血献血のほうには、男性は年間最大千二百ミリまでと決まっているのを、僕は知っている。  今のままいくと僕はその倍を献血する事になるのだが、お義父さん曰く、「大丈夫ですよ」らしい。本当だろうか? 「大量に、です。毎月の献血だけでは足りません」 「だとしたら、四百ミリとか、それか、成分献血で六百ミリですか?」 「よく勉強していますね。ですが、それも違います――全部です」 「ぜ、全部?」  僕は嫌な予感がして、少々目が回ってしまった。 「ええ、およそ男性一人分の――血液の全てが必要となります」 「それって、もしやったら死ぬんじゃ?」 「死にます。間違いありません」  だよね。血を全部とられるんだから、そりゃ死ぬよね。聞いたのが間違いだ。 「しかもミソなのが、ここにファンタジー要素が入ってくる点です」 「ファンタジー?」 「吸血鬼を人間に戻すには、吸血鬼を愛す人間の全血液が必用なのです」  ……愛?  お義父さん、愛って言った? 「馬鹿々々しいとお思いになったでしょう、今?」 「い、いえ別に!」 「ですが、ファンタジーにはファンタジーで対抗するのは、間違っていません」  なるほど、吸血鬼の存在自体がファンタジーだもんね。  同じ世界の代物っぽいので解決しても、何らおかしくないか。 「なるほど」 「ご理解いただけてなによりです」  お義父さんは、にっこり笑ってくれた。  僕が理解を示したのが嬉しいのだろうか。 「夏池君。現時点で君が既に社会に出て、働いていたのであれば――ここは、私の出番でした。私の血を、瞳に吸わせていたと思います」  あくまでそれは、仮定の話……。 「ですが、今瞳の為に私が死んでしまえば、瞳をだれが世話しますか? 夏池君がいろいろ何とかしてくれようとするでしょうけど、なかなかそれも難しい」 「……はい」 「なので、……誠に申し訳ありませんが――夏池君」  お義父さんは、本当に悲しそうな顔をして、僕に残酷な言葉を吐きかけた。 「瞳の為に――死んで頂けませんか?」
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