赤汐悠太郎

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赤汐悠太郎

 私、赤汐裕次郎は――嘘を吐いた。  愛する者の血液全てを用いれば瞳が人間に戻るdaだて、嘘だ。  いや、全部が嘘ではない。  愛する者、という部分だけが、真っ赤な嘘だ。  愛していなくてもいい。  いっそ、死刑囚の血をでもかまわない。 「……夏池君。宜しければ、死んで頂きたい。その程度です。断って頂いても結構です」 「断る……」  オウム返しをする夏池君は、顔を真っ青にして震えている。 「断ったしても、今まで通りになるだけです。君はバイトとして瞳の家庭教師をする。給料だって変わりありません」 「……そう、ですか」  夜の車内。  私は瞳の彼氏、夏池太陽君に、およそ子供にさせるに相応しくない選択をつきつけている。  死んで瞳の人間にするか、生きて今まで通りの生活をするか、だ。  しかし残念ならが、その選択は――無意味だ。  どちらにせよ、この子は死ぬしかない。  それは決定付けられている。 「ええ、ですので、ゆっくり考えて、答えを出してください」 「はい……」  脇道停車していた車を、再び走らせる。  夏池君は、彼の家につくまで一言もクチを開かなかった。  きっと、懸命に考えてくれているのだろう。  この子は、優しい子だから。  自分や他人等を天秤にかけて、色々考えているに違いない。 「夏池君。つきましたよ?」 「え、……え? あ、ありがとうございます」  私は運転手よろしく目的地への到着を彼に知らせた。  思考に耽っていたのだろう、夏池君はいつの間にといった驚いた顔をしている。 「では、明日も宜しくお願いしますね?」 「こちらこそ、お願い致します」  そう言って頭を下げる夏池君。  彼は礼儀正しい優しい子だ。  下車している最中の彼に、「おやすみなさい」と言うと、、降り切ってから再びお辞儀をしてくれた。  夏池君が顔をあげるのを待つ事なく、私は自宅に向かって車を走らせる。 「……酷い、大人だ」  私はこの短時間で、二度も嘘を吐いた。  一つは、愛する人の血でしか瞳は救えないというモノ。  そして二つ目は……夏池君に、選択肢を与えた事。 「すまない……」  夏池君には、そもそも選択権が無い。  人間の再生、ないし吸血鬼化。そういった情報を握る人間は極力少ない方が良い。  某国はそういった考えだし、私もそれに賛成だ。  禁忌にふれるような、およそ人間に許されないとされる技術は、隠匿されるべきだ。  その技術、詳しく内容は知っていなくても、死んでいた人間が生き返ったという事実を認識している人間も、少ない方がいい。  禁忌的な情報が出回る危険性は、出来るだけ排除するべきだ。  瞳の生き返り、その情報を夏池君に持たせる事について、某国は難色を示した。その挙句、「殺してしまった方が良い」とまで判断した。  私はその判断に、首を縦に振る事しかできなかった。  ただ、子供が死ぬのは忍びないとだけは、呟いておいた。その程度しか彼の事を守ってやれなかった。  某国の軍人は言っていた。  夫婦としての真の愛が、二人の間にあれば話は別デスがネ――と。  あの二人は、ただの子供だ。  恋であって愛ではない。  例え愛だとしても、そもそも夏池君に瞳は任せられない。  理由は、まだ子供だからだ。  普通に働いて稼いでいるのであれば違ったのに……。  それに、もし愛だとしても、私の家族愛に勝てる筈が無い。 「夏池君。私の方が、君より瞳が好きだよ。愛している」  父親だから。  君とは違う好きで、愛だけど。  それでも、誰よりも瞳を愛しているという自負がある。その覚悟がある。  瞳の為なら、誰を陥れても――殺しても、一向に構わない。 「歳かな、涙もろくなってる」  知り合いの子の死が確定している。  そう考えるだけで、目尻が滲んだ。  それと同時に、彼が死ねば瞳は確実に人間に戻れる。  夏池君を対価に瞳を生かす。  光と影の様に、切り離せない――代償。  行為の価値に準じた代償を、人は常に払ってきた。  私もそれにならうだけ、なんていう、訳の分からない言い訳じみた思考をしている間に、家に辿り着いた。  「何泣いてんの? う~わ、きっしょ!」  家の玄関をあけると、出迎えてくれた娘がいつも通りの暴言を吐く。  私は娘が吸血鬼になる前――電車に轢かれて死ぬ前――こういう事を言ったら叱っていた。  それでも瞳はやめなかった。その理由にドMの夏池君があったんだけど。  今は、この暴言すら愛おしい。  化け物だなんだと思う事は多々あるけど、やっぱり、娘は――生きてくれているだけで、感謝しても足りない。 「ねえ、なんでずっとアタシの事怒らないの?」  酷い言葉を私に吐いている自覚はあるのだろう。  とりあえず、暴言が愛おしいという事を遠回しに表現してみよう。 「夏池君に感化されたのか、私も瞳に罵倒される事が気持ち良くなってきてしまいましてね」 「きっしょ! マジでキモい!」  両肩を軽く抱いて、震えている瞳。  ……嗚呼、瞳。  夏池君が死んで、お前がどれだけ絶望しても、私はお前の傍にいるよ。  将来誰かと結婚しても、心だけはずっと傍にいる。  いくらお前に嫌われても、私は、お前をずっと愛している。  ……夏池くんより、ずっとずっと、強い気持ちで……。  私の可愛い可愛い――化物。 
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