ブラフでもなんでもない

1/1
前へ
/25ページ
次へ

ブラフでもなんでもない

 お義父さんに家の目の前まで送ってもらったけど、掃除用具だけ持って別の場所へ向かう。  ――四月。瞳ちゃんが生きていた事実を知った後も、毎日の様に墓に参っている。  もう本人はそこには居ないのに、だ。  理由としては、墓を綺麗にしておきたいから程度のものでしかない。  瞳ちゃんには最大限してあげられる事はしてあげておきたいと思うから……。  今日も今日とて、和尚さんに一言ことわってから墓地に行こうと寺までやってきた。 「おや、夏池さん。今日は君にお客人が来ておりますよ?」 「……へ? お客さん?」  一体、誰だろう? 全然見当がつかないけど。 「ええ、少々お待ち下さい」  和尚さんは持っていた箒を適当な場所にに立て掛け、寺の中に入っていった。  その際にこぼれ出た屋内の冷気が身体に当たって気持ち良い。 「こんばんらりあーっと!」 「うわっ!?」  突如、寺から現れた制服姿の群咲さんが、いつもの如く僕にラリアットをかましてきた。  首に腕を巻きつかれ、自動的に肩に胸が当たる。しかも前から。  こういうの困るんだよね、嬉し恥ずかしくて。  瞳ちゃんとはほとんど触れあえないから、余計に嬉しくて困る。 「群咲さん、どうして?」 「いや、夜は危ないから一緒についていくって言ったじゃん?」  確かにそんな事言ってたな……。 「それだったら、スマホで連絡してくれればよかったのに」  別にアドレス等を交換していない訳でもなし、いつでもコンタクトはとれたはず。 「……待ちたかったの」  ラリアットからの腕絡みつきを解除して、上目遣いでそんな事を言ってくる群咲さんが可愛い。 「待ちたかったって、どうして……?」 「心の準備とか、あったし。それに、どうせ毎日来てるんでしょ? なら、待ってたって別にいいじゃん?」 「まあ、別にいいけど……」 「あとさ? 連絡したら、ひーちゃんの墓参り、絶対にしないといけないじゃん。何も言わずに待ってただけなら、和尚さんには恥かいてもらって、今、出てこない事もできたし」  なるほど。気持ちだけで動ける様な選択肢をとったという訳だ。 「じゃあ、心の準備は出来た?」 「でき……てないけど、頑張るっ!」  そんなに墓参りが嫌なのだろうか。  瞳ちゃんは親友だった筈なのになあ……。  いや、だからこそ逆に辛くて嫌なのか。 「それじゃ、行こうか」 「行くっ」 「では、お二人ともお気をつけて」  和尚さんに軽く会釈をしてから、墓地へ。  ヒグラシの声にどこか奇妙さを感じつつ歩いていたが――数十秒程度で、群咲さんの身体に異変が起きた。 「……気持ち、悪い」  彼女は僕の後ろで立ち止まり、動かなくなった。  もう辺りは暗いので、顔色があまりうかがえない。 「大丈夫? 戻ろうか? ……ううん、今日はお墓参りやめておこう。そうしよう」  少し墓に近づくだけで気持ち悪くなるなら、無理はしちゃ駄目だ。  仕方ないから、今日は中止にしよう。 「やっ。今日は、頑張るから…………」 「そう? 無理なら言ってね?」  本当にいつ帰ってもいいから。どうせ瞳ちゃんはいないんだし、掃除するだけだから。 「……ん」  群咲さんはこくりと頷き、僕に近づいて来た。  僕は彼女の歩幅に合わせて、再び歩き出した――その時。  ふにゅり。  彼女のやわらかな手が、僕の手を背後から包んだ。  しかも、両手で。 「え、ちょっ!」  僕は条件反射で手を前方に伸ばし、群咲さんの手から逃れた。 「きゃっ!?」  前方へつんのめる群咲さんは、可愛い悲鳴をあげた。 「あ、ご、ごめん」  僕はこれまた条件反射で謝った。 「………………ぐすっ」  そしたら、泣かれてしまった。 「ひっく……ううっ…………」  群咲さんは立ったまま、すすり泣きはじめた。  僕はどう対応したら良いか分からず、おろおろするだけだった。  するとそのうち、彼女が手をこちらに伸ばして来た。  ……これ、手を握れって事なんだろうか?  多分そうだろう。  恐る恐る彼女の掌に触れると、がっちり掴んできた。 「……えへっ」  途端に可愛らしい笑い声を出す群咲さん。  まったくもう、しかたないなあ……。 「さ、もうちょっとだから、頑張ってね?」 「んうっ、気合入れるっ」  気合も手の力も同時に入れる群咲さん。  じっとりとした手汗をお互いで交換しつつ歩き――瞳ちゃんの墓まで、もう数歩という所だった。  群咲さんは手を握ったまましゃがみこみ、苦しそうに唸り出した。 「うううっ……」 「やっぱ今日やめない? 帰ろう?」  僕もしゃがんで、目線を合わせてそう言った。  こんなの絶対におかしい。  そこまで辛いなら、絶対に墓参りなんかするべきじゃないだろう。 「…………っ」  首をぶんぶん振る群咲さん。 「……胸が、痛い、痛いの…………」  月明りを反射しながら、彼女の涙はぽとぽとと地面に落ち続けている。 「……そっか、痛いんだね。苦しいんだね……」 「うん……」  僕は、繋ぐ手を逆の方に挿げ替えてから、彼女の背中を撫でた。  撫で続けて――およそ数分後、ようやく群咲さんは落ち着いたようで、涙が止まったかと思うと、おもむろに立ち上がった。 「も、だい、じょぶ……」 「そっか……」  群咲さんが、僕の腕にしがみついてくる。  僕の腕を挟む豊かな双丘を感じる度、瞳ちゃんに対する申し訳なさがつのっていく。 「掃除、ちゃっちゃと済ませるから、腕、離してくれない?」 「ん……」 「うん、ありがと。ごめんね?」  素直に手放してくれた群咲さんに感謝して、いつもより掃除を迅速に終わらせた。  後に僕は彼女と共に手を合わせ、目を瞑った。  これで、やるべき事は全て終えた。  あとは帰るだけという時、群咲さんは僕の腕を再び掴み、口火を切った。 「ねえ、よー君……」 「何?」 「私たちは。ひーちゃんの分まで、ちゃんと生きていかないといけないんだと思うの」  確かに、その通りだ。反論の余地も無い。 「だからさ? もうそろそろ、よー君も前を向いて歩こうよ。毎日墓参りなんて、してないでさ?」 「…………」  そう、なのかもしれない。  別に、瞳ちゃんは生きているんだし、掃除程度なら、週イチでいいかもしれない。 「だから、よー君? 今はひーちゃんの事、忘れられない――じゃなくて、思い出(おもいで)にしきれないかもしれないけど……」  忘れるも思い出にするも、本当はないんだけどね。  実際、今生きてるんだし。  まあ、それについては話せないので、ツッコミはせずにスルー。 「一緒に、思い出にしてこ?」 「そう、だね……」  少し、心苦しい。  瞳ちゃんが生きていると言えないのが、こんなに辛いなんて……。 「……だから、よー君。私……き、きき、聞きたい事が、あるのっ!」  群咲さんは僕の目の前に立ち、両肩を掴んできた。 「なに?」 「そ、その……その…………」  言いあぐねて震えている群咲さん。  彼女の必死さと緊張具合が手に取る様に分かって、こっちまで緊張してくる。 「そのっ!」  ――どしゃっ。  僕は群咲さんに押し倒された。  彼女は一瞬やっちまったみたいな顔をしたけど、すぐさま切り替え、僕の上で四つん這いになって顔を近づけてきた。  間近で見ると、本当可愛くて困る。  唇が気持ち太めで、ほんっといやらしい。エロい。  唇よりもっと更にどんと太った胸は、もっともっといやらしい。性的に過ぎる。 「よー君、私の事、嫌い?」 「い、いや、嫌いじゃないけど?」  そもそもこんなエロい女子高生が嫌いな人居るのか?  なかなか居ないだろうそんな人。 「じゃあ、好き?」 「え、その……」  嫌いな訳がない。  中学の時はあまり話はしなかったけど、高校に入ってからは結構話してきたからね。  最低でも、中学の時よりは――好きだ。 「あの、ね? よー君……」  ごくり。  群咲さんは生唾を飲んでから――僕に、そっと、気持ちを伝えてくれた。 「私は、よー君の事…………好き、だよ?」  嬉しかった。  瞳ちゃんには申し訳ないけど、異性に好意をもたれるのは、非常に嬉しい。 「あ、ほ、ほんとうに?」  嬉しい。超絶嬉しい。おっぱいでかいし。  なんて考えていると、群咲さんは少し妖艶に笑った。 「本当。嘘じゃないって事、教えてあげる」  彼女は僕の胴体を脇の下あたりで両手で挟み、上半身のみ、体重を預けて来た。  群咲さんの胸が、僕の胸部にむにゅりと重なる。……気持ち良い。そして、背徳感が凄い。  ごめん、瞳ちゃん。 「私の気持ち、伝わってる?」  二つの脂肪の壁があるのに、彼女の胸の鼓動がドキドキと凄く伝わってくる。  群咲さんの気持ちが、直に伝わってくる――だから、ここはハッキリ断らないといけないだろう。  意を決して、拒否の言葉を紡ごうと試みる。 「伝わったけどさ、あのね、群咲さ――っ!?」  群咲さんは、僕の頬に――触れる程度の、キスをしてくれた。 「よー君。私と、付き合ってくれませんか?」  ここで敬語になるのはズルい。  正直、心がグラグラ揺らいだ。  でも、僕は……。 「ごめん。僕には瞳ちゃんが居るから、無理かな」 「…………あっそ」  群咲さんはニヤリと笑ってから、僕の顔を両手でがっしり左右から挟んだ。 「なら、ひーちゃんの事、忘れさせてあげる」 「えっ」  唇に――むっちりと、押し付ける様なキスを、群咲さんはしてくれた。 「いや、ちょっ、駄目だって!」  とっさに群咲さんの腰を両手でつかんで離そうとするも、彼女は彼女で僕の背中に手を滑り込ませ、がっちり抱きしめてきた。 「だーめっ、離さないんだからっ」 「何言ってんの!? 離してよ!」 「やだってんでしょ?」  群咲さんは僕の額に己の額をそっと合わせてきた。  鼻先が触れ合い、少しでも唇を伸ばせば――彼女のそれに届く距離。  触れそうで触れない、合いそうで合わない、微妙な距離。 「絶対、離したくないの」  その微妙な距離を縮められて――また、キスをしてくれた。  むちむちと唇を押し付けられ、おまけに左右に少しだけ揺らしてきた。  中学の頃に瞳ちゃんとしたのとは違う――欲望を感じられる、えっちなキスだった。 「言っておくけど、キスしたのって、これが初めてだから……」  恥ずかしそうにそう言った。  群咲さんの顔は、きっと真っ赤になっているのだろう。  彼女の熱や吐息から、それが伝わってくる。  心臓の音が、お互いどんどん五月蠅くなっていく。 「嘘じゃないからね? 今までの彼氏とは、手をつないだ程度、抱きしめた程度だから……」  抱きしめておいてキスしていないのも、変な話だと思う。 「私、本当はよー君の事、ずっと前から好きだったの」 「……え?」  そんな馬鹿な。  僕は他人に好かれる様な性癖してないぞ?  瞳ちゃんはちょっとツンでアレだから別として。 「ひーちゃんの彼氏だった時から、ずっと、好き……」  そんな、昔から? 「中学校の頃からよー君は、ひーちゃんに何言われても、何されても、ずっとニコニコ笑ってた」  まあ、生まれついてのドMだしね。  愛のある罵倒はどんとこいだ。 「絶対、私だったら何度もキレてた。てか実際にひーちゃんとは何回も喧嘩した。なのに、よー君はそれがなかった」  喧嘩する程仲が良いの定番だったもんな、君らは。  僕の場合は、こっちが一方的に怒鳴られるだけだから喧嘩もクソもなかったけど。  ……思い出すだけでゾクゾクしてきたっ。 「よー君は、いっつも暖かく、ひーちゃんを見守ってた」 「見守って……たのかなあ」  ただ楽しんでただけだけどね。あの罵声を。 「ひーちゃんが死んでからは、ひーちゃんの為に毎日墓に参って、家の為に毎日バイトして……偉いなって、凄いなって、思ってた」 「別に、凄くないでしょ」  至って普通の人間だと思うぞ僕は。  そんな凄いなんて言ってもらえる程の事はしていないつもりだ。  ただ、家族のために仕方なくしてるだけだし……。 「凄いよ……私は、寂しくって男をあさる毎日なだけだったのに……」  寂しいって、何が寂しかったんだろう。  友達だって家族だってあるだろうに。 「私は、よー君には不釣り合いだって思ってたけど……もう、我慢できないよ」  むしろ僕の方が群咲さんには不釣り合いに感じるけどね。 「調子悪そうな時はこんなにアタックできなかったし、今しかチャンス、ないと思うし……」  なるほど。  僕には前々から好意を持ってたけど、つい最近まで僕がそんな余裕なさそうだったから攻めてこなかったって訳かな? 「ねえ、今は好きじゃなくてもいいの。許してくれるだけでいいの。お願い……でないと、ワタシ……」  ぽろぽろと涙を流している群咲さん。  彼女の涙が頬に当たって、冷たくて気持ち良い。 「許すって、いったい何を……?」  彼女はもの凄く苦しそうな顔をしてから、決心したかの様にクチを開いた。 「……ねえ、よー君。今朝聞いたよね? ひーちゃんが死んだ理由、誰かに聞いた? って」  確かに登校の最中、群咲さんにそう聞かれた。 「言ってたね。あれからあまり調べたりもしてないけど」  休憩時間にネットで少し調べたかな程度で、しかも駅のホームから落ちて電車に轢かれた程度しかなかった。 「あれね、ひーちゃんのお父さんや、私の家族、あと私の前の彼氏から、よー君に話が行ってない事の確認だったの」 「確認?」 「えっとね、実は……」  ごくりと生唾をのんで、たっぷり間をあけてから――群咲さんは告白した。 「ひーちゃんは――私が、殺したの」
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加