赤汐瞳

1/1
前へ
/25ページ
次へ

赤汐瞳

 アタシ、赤汐(あかしお)(ひとみ)は、去年の四月、高校初の登校日の朝、電車に轢かれて――死んだ。  原因は、親友の群咲(むらさき)陽花(ひのか)にある。  当日、アタシ達は横並びで駅のホームを歩いていた。朝の混雑時、少しでも人の少ない車両に乗る為に。  その時アタシは、ホームギリギリにある点字ブロックの上を歩いていた。陽花はアタシの隣のホームの内側。  そろそろ電車が来るという時、陽花は着信音の鳴ったスマホを取り出した。歩いている最中だというのにだ。  後ろから電車が迫ってくる音が響いてくる。  もの凄い勢いで音が近づいてくる。  ――陽花が、正面の歩行者とぶつかった。  そしたら、陽花は謝りつつ――なんとなしに――横に移動した。  アタシが居る方にだ。  必然的に、アタシは陽花に押し出される形となった。  電車の走る――線路側に。  あの時の、陽花の顔が忘れられない。  手をこちらに伸ばそうとして、電車が迫ってくる恐怖で手を伸ばしきれなかったあの子の顔が。  あんなに可愛い顔なのに、その時だけは酷いものだった。  一瞬だったけど、今でも脳裏に強烈に焼き付いている――陽花の表情。  陽花の顔を見た後、アタシは意識を失った。  そして気が付けば――病院で目を覚ました。  親父がアタシを生き返らせたらしい。  しかも――吸血鬼として。  本人曰く「こんなつもりじゃなかった」との事。  実際、生き返った時も親父はアタシを人間だと思っていたと思う。  だってあの時は、あんな眼をしていなかったから……。  アタシが吸血鬼だって分かったのは、家に帰ってから。  朝陽で足を失った後の事。  陽の光で消えた足が再生した途端に、アタシは――血が欲しくなった。  人の血が、アタシは飲みたくなった。  それからだ、親父のアタシを見る眼が少し変わったのは。  まるで――化け物でも見るかの様な眼。  それでも、血が欲しかったから親父に血を飲ませてもらった。  正直、親父の血は、あまりおいしくなかった。  それだけじゃ足りないので、他の人の血も飲んだけど、全然マズかった。  でも、飲まずにはいられなかった。  身体が、人の血を欲していたから。  親父の血を飲んだ後、太陽の血も飲んでみたくなった。  けど、親父が駄目だって言った。  アタシをまだ世間に出せないし、余計な情報を彼に与えたくないと言っていた。  確かにと、アタシも納得した。  太陽で身体が消える様な人間が、外に出れる訳もないし。  こんな状態の身体で会っても、どうしようもないって思ってたし。  だから、太陽と会うのはずっと我慢してた……けど。 「い゛っだあああああっ!」  十月に生き返ってからおよそ三か月後の、一月。  日付はは覚えていないけど――ペンを持っていた手が、急に崩れた。  再生した後でもう一度ペンを握ってみたが、握力の問題だったらしい。  自分の握力に負けて、手が壊れたみたいだった。  それから、日を追うごとに私の身体はもろくなっていった。  ペンを持っても、コップを持っても、あまつさえボタンを押しても手や指が壊れる様になった。  普通の食事でも歯がすぐ駄目になるので、それ以降アタシの食事は血のみになった。  何かする度に激痛が走り、嫌になってきていた――そんな、ある日。 「え……嘘っ、なにこれ!?」  気が付けば、アタシの髪の毛から色素が逃げ去り、銀色になっていた。  そして瞳は、今まで飲んだ血の様な赤色に染まっていた。  それから、親父のアタシを見る眼が余計に酷くなっていった。  親父は、あまりアタシと眼を合わせなくなっていった。  そんな日が続いて――三月あたりだったっけ。  雑談中、親父は溜息まじりにグチの様にこう言っていた。 「夏池君、毎日瞳の墓に参ってるみたいなんですよ」  なんだ毎日って、本当馬鹿なんじゃないのアイツ。そう、本気で思った。  アイツは昔から馬鹿っていうか、なんていうか……。  まあ、そっか。  アイツ、アタシが好き過ぎて、毎日参っちゃうか、墓に。こりゃ参っちゃうわね。 「……太陽を、一目でもいいから、見たいな」 「遠目からなら、構いませんよ? でも、色々問題もあるので接触は避けてくださいね?」 「わかってるって、そんな事」  ――分かってた。分かってたつもりだった、その時までは。  でも、我慢できなかった。  身体がどんどん弱くなっていって、何も出来なくて。  このままだと普通に立ったり寝ているだけで、身体が崩れてまた死ぬんじゃないかっていう恐怖もあったから。  いつ死ぬか分からないからこそ、太陽と――会いたかった。  触れられなくてもいいから、一緒に居たかった。  その気持ちが膨れ上がりすぎた――今年の、四月。  アタシは太陽と再会した。  再開は衝撃的だった。色々な意味で。  アタシは四肢がバラバラになるし、太陽はおろおろするだけだし、親父はアタシにも太陽にもキレるし……。  まあ、それからというもの、アタシの家庭教師として太陽を雇う事となった。  口止めとか色々な意味がこもった、太陽のアルバイト。  アタシは太陽と会えるだけで嬉しかった。  罵っても褒めても何しても喜んでくれて、すごく楽しくて、嬉しかった――けど。  けど、それだからこそ……駄目なんだって、思った。  ――今更になって、後悔してる。  アタシは、太陽と再開するべきじゃなかった。  どれだけ寂しくても、苦しくても、痛くても。アタシは――太陽を求めちゃいけなかったんだ。  太陽には太陽の生活がある。  親父も言ってた。アタシはこのままだと、じきに死ぬだろうって。  そりゃそうだ。だって日を追うごとに身体がもろくなってるんだもの。  今では、大好きな――ふ菓子を食べる事すらままならない。  舌で舐めて楽しむ事すらも、出来やしない。すぐに舌が擦り切れちゃうから。  甘さを求めて舐めようとしても、駄目なんだ。  アタシは、何をしても駄目。無駄。  何も出来ない存在。  服を着るのも、歯を磨くのも、歩くのも、血を吸うのも、何についても誰かの手伝いが必要。  出来る事といえば、せいぜい記憶や喋る事程度。完全に糞製造機だ。  こんな駄目な存在の世話を、太陽なんかがしちゃ駄目だ。  本当今更だけど、太陽にはアタシを忘れて――普通に生きてほしい。  陽花は太陽がかなり好きだった筈だから、……そう、陽花とか、そういう優しい子と一緒になって、生きて行ってほしい。  こんな、死に体の女と、いつ死んでもおかしくない女となんか一緒にいないで、さ。  今アタシは本気で、太陽に本気で二度とここに来て欲しくないと思っている。  けど、それと同じくらい――来て欲しい、とも思っている。  親父は仕事があるし、アタシの世話や話し相手になるにも限界がある。  アタシは昼間、テレビをみたりするくらいしかない。  だからアタシは、ずっと、寂しい。  毎日毎日、昼間は――寂しい。  太陽と再び出会う前は、一日中寂しかった。  もう太陽はクビにしたから、その寂しいだらけの日々に、戻るだけ。  太陽の為に、そんな日に戻るだけ。  たった、それだけ。  太陽の為に……。 「ぐすっ……」  太陽には、アタシなんか放っておいて欲しい。  アタシなんか、こんな、暴力と罵倒しか能がない、女なんか―― 「ひっく、ぐしゅっ……」  ――捨ててほしい。  アタシを見捨てて欲しい。  どうせアタシは死ぬんだから。  アンタはアンタの為に生きてよ、お願いだから。  大好きだから、そうして欲しいの。  ……でも。 「寂しい、よ……」
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加