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過去(五)
高校二年の十一月のことだった。ある日、僕は菜穂の学校の文化祭に招待されていた。三日間行われる文化祭のうち、最終日の三日目だけ一般公開されるそうだ。その日は土曜日。普段なら足を踏み入れることはない花の女子校に僕はその一歩を踏み入れていた。
「来てくれたんだね。真斗」
学校に着いたと連絡をしたらすぐに菜穂が門まで迎えに来てくれた。
「一人で来たんだ。別に友達も誘っても良かったのに」
「誘ったけど、予定が合う人いなくて」
「そうなんだ。いろんな屋台とかゲームとかあるから楽しんでいってよ。体育館には劇とかライブもやっているみたいだから見に行くといいよ」
「菜穂。一緒に回ってくれないの?」
「言ったでしょ。私、こう見えても学校行事の責任者でもあるから忙しいの」
「そ、そんな」
「そんなガッカリしないでよ。安心して。手が空いたらこっそりデートしてあげるから」
「マジ?」
そんな時だった。一人の生徒が菜穂の元に駆け寄る。
「あ、速水さん。こんなところにいたんですか? 早く来てください。少しトラブルがあったみたいで」
「え? また? 仕方ないな」
「ちょっと、菜穂?」
「ごめん。真斗。行かなきゃ。また何かあったら連絡してね」
菜穂は連れられるように行ってしまった。僕は一人残された。少し、期待していたが菜穂は学校では忙しいらしい。生徒会から始まり、行事の進行役などをしており更に弓道部では部長候補にもなっているとこの前聞いた。なんでも出来てテキパキ物事をこなせるので偉大な存在だった。本当に僕の彼女なのか疑いたくなる。
しかし、僕は一目菜穂に会えただけで充分幸せだ。それ以上求める贅沢はしない。
とは言え、僕は一人で文化祭を楽しむしかなかった。この日の生徒たちは店側の立場なのでそれぞれのおもてなしをしているように見える。
「良かったらどうぞ」
通りがかりに一枚のビラを渡された。メイド喫茶と書かれた文字にアニメ絵に描かれた可愛い女の子の姿に僕は興奮した。
「せっかく来たんだし、楽しまないとな」
メイド喫茶には一般男性客で行列が続いていたが生まれて初めてのメイド喫茶に満足した。所詮、高校生の出し物に過ぎないが充分だった。値段は少し高い気がしたが気にしない。パンケーキとオレンジジュースを注文し、数十分居座って店(教室)を出た。
「菜穂はどこで何をしているのかな」
適当に校内を探索していた時だった。一人の生徒と目が合った。
「あ!」
僕は声を発し、名前を思い出そうと頭を捻った。確か名前は保坂真由だ。
「菜穂の彼氏さんですね。あなた来ていたんですね」
「保坂さん?」
「私の名前を覚えていたんですね。菜穂目的ですか?」
「うん。でも、忙しいから一人で回っているんだ」
「でしょうね。あの子、今日は特に忙しいと思うのであなたに構ってあげられるほど時間はないと思います」
「あ、そうなんだ。まぁ、せっかく来たから楽しませてもらうよ。それじゃ」
「せっかくですので私が案内してあげましょうか?」
去り際に保坂は提案した。その流れで僕はその言葉に甘えることにした。
「意外だったよ。僕のこと嫌われていると思っていた」
「どうしてそう思うのですか?」
「だって菜穂の事、嫌いなんだろう? 必然的にその彼氏である僕も嫌いだと思うけど」
「別に好きとか嫌いとかではありません。私は自分の愚かさを実感しました。もうあの子に勝とうとかそんな気は馬鹿らしくなりました。今はこんな私を受け入れたあの子に感謝しています。私は自分らしさをあの子に教えてもらいました。以前とは違って今は普通に喋れているんですよ」
彼女を褒められた気がして僕は誇らしげだった。あの一件以来、菜穂と保坂の関係性は向上したと聞いている。これはこれで菜穂のシナリオ通りになった訳だ。
「ここです」
案内されたのは映像研究部の部室だった。
「ここは?」
「私の所属する部室です。この日のために三十分程度のドラマを作ったので良かったら鑑賞していってください」
映像の内容は女子高生の日常を描いたものになっており、その中でイジメと友情をテーマにした青春ストーリーだった。見せられた内容は以前の菜穂と保坂の関係性によく似ている。最後は虐めた人が虐められた人を認めてハッピーエンドになっていた。
「どうだったかしら?」
鑑賞後、保坂は僕に聞いた。
「シナリオは全部、君が?」
「えぇ、私が全部作った」
「君の想いが伝わってくる素晴らしい作品だよ」
「ありがとう」
「この作品、菜穂には見せたの?」
「いや、見せていない。見せるつもりもない」
「どうして?」
「こんなの見せなくてもあの子には私の気持ちは分かっているはずよ。何より心の中を覗かれたようで恥ずかしい」
「なるほど。じゃ、なんで僕には見せたんだ?」
「あなたは本人じゃない」
「僕が本人に喋ったらどうするの?」
「それはあなたの自由よ。好きにして」
「じゃ言わないでおくよ」
「どうして?」
「君が見せる気がないものをわざわざ僕の口から言う必要はない。そう思っただけ」
「そう、分かった。時間取らせたわね。私の案内はおしまい。またね。菜穂の彼氏さん」
「僕には岡嶋真斗って言う名前がある」
「覚えておくわ。菜穂の彼氏さん」
「全然覚える気ないな」
「あ、そうそう。図書室に行ってみて」
「何かあるのか?」
「さぁ、どうでしょ。じゃ私、次の上映の準備があるから」
保坂は行ってしまった。
僕は映像研究部を後にして図書室へ向かう。
ドン!
「痛」
僕は急に何かにぶつかってしまった。相手は猫のキャラクターの着ぐるみをした人だった。相手は痛そうにするが一言も言葉を発せず頭を下げて行ってしまった。文化祭ではいろんな格好をした人がいることを実感する。今はお祭り状態だ。
「図書室はどこかな」
生徒に聞いて図書室に辿り着く。中に入ると奥で一人、菜穂の姿があった。保坂の言っている意味がようやく分かった気がした。気を利かせたのだろう。
「菜穂」
「え? 真斗、なんでここに?」
「いや、なんとなく。菜穂はここで何を?」
「あぁ、頼まれた資料をまとめていたの。事務みたいな仕事よ」
「そんなこともしているんだな」
「うん。まだ他にも仕事は残っているし」
「手伝おうか?」
「いや、大丈夫。部外者にさせるわけにはいかないし」
「そうだよな。ごめん」
「文化祭は楽しめた?」
「うん。すごく楽しい」
「そっか。それは良かった。まだいるんでしょ?」
「でももう良いかな。菜穂と回れないんじゃ、いる意味ないし帰るよ」
「少し休憩でもしようかな」
菜穂は伸びをした。
「ちょっとだけデートしても良いよ」
「え、でも仕事は?」
「校内の見回りってことにしておくよ。これも立派な仕事だし。行こっか」
校内を二人で歩くこと数分。僕はとてつもない違和感を感じた。
「菜穂、やっぱ僕帰った方がいいかな?」
「え? どうして?」
「どうしてと言われても」
そう、僕たちは注目の的になっていた。周囲の女子生徒は僕の顔を見てコソコソ話している。「生徒会長よ」「あれ彼氏?」といった具合の会話だ。校内では菜穂はちょっとした有名人みたいだ。つまりその横を歩く僕はより目立つ訳だ。
「あっちに行こうか」
行った場所は屋台がある広場だった。そこにある焼きそば屋に行く。
「焼きそば二つ」
菜穂が会計を済ませ、道端で食べる。
「ごめん。奢ってもらって」
「良いよ。せめてものおもてなし」
「でもビックリしたよ。菜穂って人気者だな」
「そんなんじゃないよ」
「なんか僕が一緒にいるのが恥ずかしいよ」
「なんで?」
「だって菜穂はなんでもできるし可愛いし僕なんかが本当に釣り合っているのか疑問だよ」
「安心してよ。真斗は私の自慢の彼氏だよ。実はみんなに見せびらかしたかったんだよね。この人が私の彼氏だぞって。だから真斗は堂々とすればいいよ」
「菜穂」
「これからもよろしくね。真斗、好きだよ」
「あぁ、僕もだよ」
良い雰囲気になったその時だった。目の前に猫のキャラクターの着ぐるみがそこに立っていた。その手にはスタンガンが握られている。そしてスタンガンは菜穂に目掛けて放たれた。
「菜穂、危ない!」
食べていた焼きそばは宙に舞って飛び散った。
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