現在(六)

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現在(六)

「殺してほしい人だって?」  僕は紫織ちゃんの殺意ある言葉に聞き返していた。 「うん。一人も二人も変わらないでしょ?」 「なんで僕がそんなことをしないといけないんだ。殺したいなら勝手にしろ。僕を巻き込むな」 「私は自分の手を汚したくない。どうせ汚す予定があるならいいかなって思って」 「断る。僕に全くメリットがない」 「どうせ死ぬつもりなのにメリットを求めるんだ。変わっていますね」 「それはお互い様だ。紫織ちゃんも殺したい人がいる時点で充分変わっている。子供のうちからそんなこと考えない方がいい」 「その人を殺さないと私がいずれ殺されるの」 「どういうことだ? それにその殺したい人って誰だよ」 「それは私の父親。正確に言えば再婚相手の男」  紫織ちゃんの話を聞いてみると衝撃の事実を知ることになった。  数年前、両親は離婚。原因は父親の犯罪だった。飲酒運転によるひき逃げだ。刑罰に処された父親と離婚し、母親は紫織ちゃんと二人暮らしをすることになった。そんなある日、母親は知り合いの紹介で男と出会いそのまま再婚を果たす。それが紫織ちゃんの不幸を呼ぶことになる。新しい父親は優しく頼れる父親だった。しかし、それは母親の前だけ。紫織ちゃんと二人になると父親は一変と態度が変わるという。性的や暴力的な虐待を度々されるようになる。それが嫌で二人になるタイミングは極力家から出るのだ。 「今もこうして家に帰りたがらないのは家に父親がいるからってことか」 「そうよ。家にいるのが苦痛しかない。だからあの人を殺したいの」 「母親に相談すればいいじゃないか」 「ダメ。お母さんは男を凄く愛している。信じてくれるはずない。それにお母さんを悲しませなくない。お母さんは大好きだから私が我慢すればいい話」 「我慢できないから殺したいんだろ?」 「だからあなたにお願いしているの。殺してって」  紫織ちゃんは両手を合わせておねだりをするように言う。 「そんな可愛く怖いお願いされても困る。しかも内容は全然可愛くない」 「それは置いといていいよ。それよりあなたの計画を教えて下さい。どうやって殺して自殺するのか。勿論考えているんだよね? 実行はいつ?」 「正直、迷っている」 「何が?」 「どうやって殺したら苦しませて殺せるか。そして自分はどうやって楽に死ねるか。分からないんだ」 「死ぬってなんだろうね。実は私も考えていた。死んだらどこに行くと思いますか?」 「無に還るってことだろう」 「そんな簡単な言葉では表せないと思いますよ。死んだことがある人ってこの世にいないんだから」 「それもそうだ。生きていて死んだことがあるやつはいないさ」 「そうです。だから死ぬっていうのは誰にも分からない。死んで初めて分かるんです」  僕と紫織ちゃんはそれぞれ思い思いの『死』について意見を出し合った。幽霊は本当にいるのかどうかとか死んだらどこに行くのかとか意見を出し合っても正解なんてない。それでも考えることが楽しくなっていた。 「おっといけない。話に夢中になっていました。私、そろそろ帰ります」 「そうか、気をつけて帰れよ」 「真斗さん。今何時ですか?」 「十七時だな。お母さんはもう帰るのか?」 「仕事は十七時までですので帰ると思います」 「じゃ、またね。紫織ちゃん」 「こんな子供を一人で帰させるんですか?」  紫織ちゃんは小動物のような目をして何かをアピールした。 「分かった。送ろう」 「宜しくお願いします」  紫織ちゃんは律儀に頭を下げた。
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