過去(八)

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過去(八)

高校二年の一月。毎日冷え込む日々が続いていた。僕の日常は戻りつつあった。退院祝いに僕はこの日、菜穂の家に招待されていた。 「いらっしゃい。どうぞ上がって」  玄関先で菜穂に迎えられて僕は入った。「おじゃまします」  菜穂の家には何度も足を踏み入れていたがそれは小学生の頃の話。考えてみれば付き合ってからは外で会うことが多かったので家に上がるのは新鮮味があった。  菜穂の家は新築の一軒家で綺麗だった。上がってみてあることが気になった。 「そういえば家の人は?」 「お母さんは実家に遊びに行って明日まで帰ってこない。お父さんは昨日から出張で明後日まで帰ってこない」 「え? じゃ、菜穂一人で留守番?」 「うん。寂しいから真斗を家に呼んだの」  僕は内心ドキドキしていた。家に菜穂と二人きりという事実に興奮した。 「ねぇ、久しぶりにゲームしようよ」 「うん。いいね。しようか」  僕は菜穂の部屋でレース系のテレビゲームをした。そういえば昔はよくこうしてゲームをしていたっけ。それよりも。 「やった。私の勝ち。真斗、よわ」 「うん。そうだね」  ゲームに集中出来ない。密室。女の子の部屋の甘い匂い。それに何と言っても無防備すぎるラフな格好の部屋着に僕の目のやり場がなかった。 「はー楽しかった」  菜穂は満足そうに伸びをする。結局僕は一度も菜穂に勝つことが出来なかった。 「そろそろお腹空いてきたね。ご飯にする?」 「ご飯? もしかして菜穂が作るの?」 「当たり前じゃん。ちょっと待っていて。ササッと作ってくるから部屋でゆっくりしてね」  菜穂はそう言って部屋を出て行く。菜穂の手料理か。そういえば食べたことがなかった。菜穂って料理は出来るのだろうか。少し心配になった。 「少しだけ覗いてみようか」  僕は隙間からキッチンの様子を伺う。包丁で野菜を切る音が響いていた。迷う様子はなく手際よく作っている。もしかして手馴れている? そういえば昔、菜穂の家にお邪魔した時に出された料理は旨かった記憶がある。菜穂のお母さんは病院で栄養士として働いているので当然といえば当然であるがその実力は娘の菜穂に受け継がれているとなれば期待は大きい。三十分後、完成である。 「真斗。ご飯出来たわよ」  僕は期待に胸を膨らませてリビングに向かう。テーブルに並べられていたのはカレーである。定番といえば定番であるがカレーが嫌いな奴はいない。 「どうぞ召し上がれ」 「頂きます」と手を合わせて口に運ぶ。僕は口に違和感を感じた。 「どう? 美味しい?」 「えっとは何カレーだろう」 「何カレーと言われてもカレーはカレーだよ。あえて言うならミックスカレーかな」 「ミックスカレーか」 「どうかした?」 「どうもこうも大根、ちくわ、ピーマン、ゴーヤ、えのき茸ってどういう組み合わせ?」 「だからミックスカレーだよ。いろんな野菜が入っているからミックスカレー」 「いや、カレーの食材といえば人参、ジャガイモ、玉ねぎが定番だと思うけどな」 「それじゃ普通過ぎない? こういったカレーもありだと思うけど。うん。美味しい」  菜穂は自分の作ったカレーを躊躇いもなく食べ進める。全く不思議な食感だが、不味くはない。ただ、カレーには合わなかった。菜穂の食の感覚が異常なのはこの時初めて知った。頼むから調理に冒険をしないでほしいとはそれとなく伝えたが、菜穂は少し不満な様子だった。 「ねぇ、今日泊まっていかない? 明日も休みだよね」 「え? 良いの?」 「うん。いいでしょ」と菜穂は甘えるように言う。 「良いよ」  風呂に入り、まったりとテレビを見ていた。身体が触れ合う距離だった。ふと、菜穂は僕の手を握った。僕は驚きながらもその握られた手を直視してしまう。 「ねぇ、身体まだ痛む?」 「うん。少しヒリヒリするかな」 「見せてよ」 「え? 脱ぐの?」 「脱がなきゃ、見られないじゃない」 「分かった」  僕は上着を脱いだ。 「痛そう。ちょっといい?」  すると菜穂は僕の傷跡に舌で舐めた。 「ひゃ」と僕は情けない声を発する。 「痛い?」 「いや、気持ち良かった」 「バカ。じゃ、もう一度してあげる」  菜穂は一つずつ僕の傷跡を舐めた。僕の興奮は高まる。抑えきれなくなり、僕は暴走し、この日童貞を菜穂に捧げた。
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