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過去(九)
冬が終わり春を迎えた。そして僕と菜穂は学年が上がり三年生に進学した。気づけば交際から二年が経過していたのだ。この頃になると菜穂はより大人っぽくなり魅力を感じた。
「真斗。一つ相談があるんだけど」
菜穂は難しい表情で言う。
「何? 別れ話なら間に合っているよ」
「誰もそんな話をしないわよ。私たち三年生になったよね」
「何を当たり前なことを言っているんだよ」
「そう、当たり前なこと。でも、三年生だったら考えることがあるんじゃない?」
「えっと、進路?」
「はい。正解」
菜穂は指を立てながら言った。
「進路ねぇ」と僕は腕を組みながら難しい顔になる。
「私は教員免許が取れる大学に進学するつもり」
「僕は適当に就職かな」
「適当って何よ」
菜穂は噛みつくように顔を近づけた。ドアップも可愛い。
「もう少し目標を持ってよ。たった一度の人生なんだよ。それなのに大事な新卒を適当に? そんなのダメ。絶対に」
「わ、分かったよ。ちゃんと考える」
「よろしい」
「ところで菜穂はどうなりたいの? 教師って言ってもいろいろあるよね。小中高、何科とか」
「私はね、中学の国語の教師になりたい」
「国語?」
「うん。私って本読むが好きでしょ。文系に関して成績は優秀なんだ」
「応援しているよ。菜穂が教師になれることを」
「それはちょっと違うんだよね」
「え?」
「応援してくれるのは嬉しいけど、私は真斗の将来も応援したい」
「菜穂」
「ねぇ、高校卒業したら同棲しない」
「ど、同棲?」
「うん。大学通うのにどのみち都会だから通うのは大変だろうって一人暮らしを親から勧められている。それだったら真斗と暮らせたら楽しいかなって」
「良いのか。僕なんかで」
「何を今更。私は真斗だったらどんな些細なことでも受け入れられると思う。だから考えてみて。就職先とか二人暮らしとか」
「でも、菜穂の親もそんなこと認めないだろ」
「あぁ、その件なら安心して。冗談で言ってみたら良いんじゃないかって。長年の付き合いが信用を得ているみたい。良かったね。親公認で」
「随分あっさりしているな」
「まぁね。但し条件が一つあるって」
「条件?」
「大学卒業までは子供を作るなって。もし出来たら責任とってね」
「そ、そうですか。そうですよね」
「何をビビっているの」
「ビビってなんかいない」
「ねぇ、真斗。私たちってこれからもずっと一緒にいると思う? 卒業しても就職しても三十路になってもお婆ちゃんになっても死ぬ時もずっと一緒にいるかな」
「どうして急にそんなことを?」
「どうしてだろうね。今日の私、少し変だね。なんでもない。忘れて」
「待って」
その場を去ろうとする菜穂は立ち止まる。僕は背中に語りかけた。
「僕は生涯ずっと菜穂と過ごしたいと思っている。それはこの先、何が起ころうと気持ちが変わることはない。誓うよ。ずっと一緒にいるって」
僕は高校生ながら何を言っているのか。自分が信じられなかった。でも、気持ちは本物だった。
「真斗。ありがとう。それはプロポーズとして受け取っても良いのかな?」
「そう受け取ってもらって構わない」
「じゃ、婚約したって訳だね。私たち。でも、結婚はまだ早いと思う。だから私が教師として夢が叶った時まで待って貰えるかな?」
「も、勿論だよ。何年だろうと何十年だろうと持っている」
「何十年って私はどれだけ留年させられるのよ」
「それもそうだね」
僕と菜穂はおかしくなって笑い出した。高校生の子供が言い出した戯言かもしれないけど、僕としては本気でだった。いつかきっと菜穂と結婚するんだと僕はそう誓った。しかし、それが叶われなくなってしまうのはこの半年後に起こる事件が僕の運命を変えてしまった。
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