現在(十)

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現在(十)

とある休日の朝のことである。僕はスマホの着信音で目が覚めた。鳴り止む気配がないので僕は電話に出る。 「はい。岡嶋です」 「やっと出ましたね。まさにぃ」  耳元に幼い少女の声が聞こえた。そう、電話の相手は紫織ちゃんである。 「紫織ちゃんか。どうしたの? こんな朝早く」 「朝早く? もう、十一時ですよ」  そう言われて僕は時計を見る。時刻は十一時十五分だった。僕としたことが寝すぎてしまったようだ。 「それでなんの用だい」 「惚けないで下さい。以前に言いましたよね。話すより見た方が早いって。今日こそ見せてもらいますよ」 「悪いけど、今日は休日出勤なんだ。また今度にしてくれないかな」 「ほう。私に嘘を付くんですか。バイクは自宅の前に置いてありますよ。それに電気も付いています」 「まさか」  僕は慌ててカーテンを開けて外を見た。案の定、道路上に電話をしながらこちらを睨む紫織ちゃんの姿がそこにはあった。 「来ちゃったの?」 「はい。来ちゃいました」  僕は逃げられないことを確信し、紫織ちゃんを家に上げた。 「お邪魔します。まず一言何かありませんか?」 「はい。嘘を付いてすみませんでした」 「よろしい」  何故か僕は小学生の女児に謝っていた。 「連絡くらいまともに取れないんですか? こっちから連絡しても既読スルーじゃないですか。勝手に計画を実行しているんじゃないかと思って心配だったんですよ」  紫織ちゃんはポカポカと可愛く攻撃をする。  元々連絡はマメではない。どちらかといえばアバウトだ。それに最近は工程の習得に時間が掛かり残業しているのだ。終わったらフラフラになりながら家事をするので正直、余裕がないのが現状である。  とは言え、家にまで押しかけて来ることもないだろうと思うが小学生にそんな常識は通用しないと諦めるしかない。 「まぁ、いいです。よからぬ殺人計画を聞くまで私は餓死をしようとここから離れません」  紫織ちゃんは這いつくばるようにベッドに腰を下ろした。おまけに手足を組んで嬢王様のように振舞っている。これは本気だ。 「分かったよ。但し、一つだけ聞かせてほしい。君は僕に協力する味方なのか邪魔をする敵なのかどっちだ」 「味方も敵もどちらでもないですよ。私はただあなたを見守るだけ。但し、私の中の菜穂さんが邪魔をするようであれば知らないけど」  と、紫織ちゃんは意味不明な発言をする。結局どちらなのだろうか。 「私はあなたの行動に興味があるだけです。なかなかないじゃないですか。人を殺すのを見守れるなんて」 「紫織ちゃん。君はとんでもないサイコパスだよ」 「サイコパス? どんな意味でしょうか」 「いや、いずれ知るさ」 「そうですか。では見せるもの見せて下さい。どこにそれがあるんですか?」 「十八禁だ。君が十八歳になったら見せてあげるよ」 「十一年も待たせるんですか。そんなのあんまりです。待てませんよ」 「じゃ、素直に諦めるんだな」 「でしたら十一年間、ここから離れません。何が何でも」 「それはそれで困る」 「じゃ、見せて下さい。まさにぃ」と、紫織ちゃんはおねだりをするように言う。この子は普通の子ではない。どんな生活を送ったらここまで頭の回転が良くなるのだろうか。  悪い意味で紫織ちゃんは人間社会の生き方が有能になり得るだろう。特に男関係で。 「本当にいいんだな。後悔しても知らないぞ」 「うん。覚悟は出来ています」 「じゃ、目隠しをしてほしい」 「目隠し? どこかに移動するんですか?」 「そうだ。場所は言えないから目隠しをしてもらう。それが見せる為の条件だ」 「随分と手間をかけるんですね。目隠しプレイというヤツですね」 「そんな趣味はない。いいから言われた通りにするんだ」 「目が見えないからって変なことをしたら通報しますよ」 「分かった。何もしないからつけてくれ」 「しょうがないな。付けてやるか」  僕はアイマスクを手渡した。紫織ちゃんは渋々とそれを受け取り付けた。  家を出て紫織ちゃんを目隠ししたままバイクに乗せてとある場所に移動した。目が視えない分、紫織ちゃんは僕の背中をいつも以上に強く掴んでいた。勿論、安全運転は考慮してある。 「ここから遠いんですか?」 「いや、三十分くらいの距離だと思う」 「このまま私をその辺に捨てていくのはなしですよ」 「そんなことしないよ」  三十分後、僕はある場所にバイクを停車させた。 「紫織ちゃん。着いたよ。アイマスクはまだ外さないでね」 「ここはどこなのでしょうか」 「それは内緒。歩くよ」  僕は紫織ちゃんの細い腕を引いて目的地まで歩いた。ある場所の前で開錠し、重い鉄筋の扉を開けて中に入る。中央に進んだところで僕は立ち止まった。ここは僕が管理している倉庫だ。 「紫織ちゃん。アイマスクを外してもいいよ」  その言葉で紫織ちゃんはアイマスクを外した。目を閉じたままである。ゆっくりと瞼を開けた。 「わぉ! これが見た方が早いと言ったものですね」 「そうだ。これを見ても全然驚かないんだね」 「充分驚いています。あなたが本気であることが伝わってきます。これを揃えるのにどれ程の時間を費やしたんですか?」 「八年。苦労したよ。お金も時間もかなり掛かった」 「これ程の設備があれば一人も二人も変わらないですね」 「まさか自分の手を汚さずに義理の父親を僕の手で殺そうと言うのか」 「そのまさかです。命の重みを知れとか学校では言いますけど、生きている価値がない人って世の中には沢山いると思いませんか。そんな人は来世で生まれ変わる為に早く現世を終わらせた方がいいと私は思います。前世で殺された私は現世でも殺されそうになっている。やられる前にやらないといけないんです。こんなことを頼れるのはまさにぃだけです。どうせ死ぬつもりなら菜穂さんの生まれ変わりである私を助けてくれませんか」 「危険なリスクだな。助けてやりたいけど、もし計画通りにならなければ僕のこれまでの努力が無駄になる。悪いけど話には乗れないよ」 「そうですか。これを見ても同じことが言えますか?」  紫織ちゃんは突然、身に付けている服を全て脱ぎ捨てた。女児の裸体が僕の視界に焼き付けられた。 「紫織ちゃん、それは何?」 「見ての通りです。このままだと私は殺されるかも知れません」  紫織ちゃんの身体は至る所に火傷の跡があった。おそらくタバコの火で当てられたものである。それだけではない。痣も至る所にある。おそらく暴力で出来たものだろう。その痛々しい身体に僕は見ていられなかった。 「これのせいで私は体育の授業は見学していた。貧血を起こしやすいとか適当な理由で凌いでいた。当然、これはあの男の身を守るカモフラージュ。こんなの同級生に見つかれば虐められる。どう? 分かって頂けましたか? 私が殺してほしい人の真実」  僕はそっと紫織ちゃんを抱きしめた。 「辛かったな。一人でずっと抱え込んでいたんだな」 「ドサクサに紛れてやめて下さいよ。情に流されちゃうじゃないですか」  紫織ちゃんは涙を浮かべた。これが少女のSOSなのだ。これをほっとくわけにはいかない。このままでは本当にいつか殺される。僕は自分の考えを改めた。 「検討するよ。君の憎い人の殺人を」 「本当ですか?」 「あぁ。だが、紫織ちゃんは全く手を汚さないって言うのは難しい。少しばかり協力はしてもらうことになるぞ」 「うん。協力するよ。何をすればいいの?」 「それにはまた時間が掛かる。もう少しだけ辛抱してくれ」 「分かった」  僕と紫織ちゃんの二つの殺人計画が一つに交わろうとしていた。もう、後戻りなんて出来ない。目的が果たされるまで僕たちは止まることはない。
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