現在(十一)

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現在(十一)

「まさにぃ。じゃ、今から帰宅するからちゃんと見ていてね」 「了解」  紫織ちゃんが果たしてどのように虐待を受けているのか、その実態を知る為に僕は離れた場所から電話をしながら返事をしていた。  紫織ちゃんの生々しい傷を目撃した僕は行動を起こした。紫織ちゃんの話が本当であれば実行は考えるが嘘の場合もある。そんなことはあり得ないかもしれないが万が一というのもある。そこで僕は紫織ちゃんに頼んで普段の虐待を知るため、隠しカメラを仕掛けてもらい観察しようと提案した。紫織ちゃんは快くそれに協力してくれた。果たしてその実態はどうなのか。監視カメラのリアル映像は僕のスマホに直接送られてくる。それを見れば一発でわかるという訳だ。カメラを仕掛けたのは全部で三台。リビングと子供部屋と風呂場である。ちなみに監視カメラの費用は僕のポケットマネーから出している。一台二万五千円で三台合わせて七万五千円の出費だ。痛い金額になるが実態を知るには仕方ないと惜しんだ。更に電話は通話中のままにして帰宅してもらう。死角はない。  この日父親は休暇であり、母親は日中仕事に出ていていない。まさに二人きりの状況である。 「ただいま」  紫織ちゃん帰宅直後、父親はリビングのソファーで昼寝をしていた。リビングを覗いた紫織ちゃんはそのままリビングを素通りして子供部屋へ向かう。荷物を降ろし、勉強机に向かい、宿題の漢字ドリルを開ける。  三十分後、父親が目を覚ましトイレへ向かい、紫織ちゃんが帰宅しているのを確認した。 「紫織。帰っていたのか」 「うん。今、宿題をやっているから」 「そうか。偉いな。アイスでも食べるか。持ってきてやるぞ」 「ありがとう。後で食べるから置いといて」  父親は優しく声を掛けるが紫織ちゃんはどこか冷たい。普段からこのような感じなのだろうか。紫織ちゃんは背中を向けて淡々と喋る。一切父親と目を合わせようとしない。宿題に集中しているフリをしているように見える。嫌いだと言うのが見てとれた。 「紫織。最近一人でどこに行っている。危ないことしていないだろうな」 「別に。友達の家に行ったり散歩したりだよ。それにちゃんと夕方までには帰っているから心配ないでしょ。宿題しているから邪魔しないで」 「なんだ。父親に向かってその態度は」 「あなたを父親とは思っていません」 「なんだと。ふざけるな」  父親はドアを強く叩いた。僕はカメラ越しではあるが思わずスマホを遠ざけてしまう。それでも紫織ちゃんは机に向かっている。まるで父親の存在がいないもののように。 「こっちに来い」  父親は強引に紫織ちゃんの手を引いて子供部屋から連れ出した。 「やめて。放してよ」と紫織ちゃんは振り解こうとするが大人の男の力では叶わない。  向かった先は風呂場である。父親はシャワーを手に取り、冷水のまま紫織ちゃんに浴びせた。 「きゃ! 冷たい」 「いつまでも無愛想にしやがって。そんなに俺が嫌いか。誰のおかげで飯が食えていると思っている。反省しろ」 「やめて! ごめんなさい。許して」  衣服を着用のまま冷水を五分間浴びせたところでようやく父親はシャワーを止めた。 「汚ねぇガキだな。そのまま風呂にでも入れ。後始末は自分でやれよ」  そう言って父親はリビングに戻っていく。紫織ちゃんはへたり込んでおり、身体が震えていた。何故か少しニヤついていた。僕は心配になった。 「以上、現場からお送り致しました」  紫織ちゃんはリポーター風に言う。 「ではまさにぃ。今から暖かい湯船に入りますのでカメラを切ります。それでは」  風呂場のカメラの電源を切られた。これが紫織ちゃんの日常である。  その後、何日か隠し撮りをした結果、高確率で父親と二人の時は虐待を受けていることが判明した。その事実に関して母親は知らない。母親の前では良い父親を演じており、虐待の実態があることは悟られていない。紫織ちゃん本人も虐待を受けた直後であっても何事もなかったように笑顔を振舞っている。僕は心が痛んだ。この父親はいらない人間だ。しかし、その後はどうする。父親を失えば母子家庭としてお金に苦しむ貧しい生活になるはずだ。複雑の心境の中、僕は答えを探っていた。
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