現在(十二)

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現在(十二)

「どうぞ、お入り下さい」  事務員の女性に誘導され、僕は相談室に案内された。 「すぐにお茶をご用意致しますので少々お待ち下さいませ」  女性はお辞儀をして部屋を離れて行く。  紫織ちゃんの義理の父親の殺人計画を進める前に僕は僕で自分の計画を進める必要があった。環境は概ね整った。後はその身を運び込む段取りが必要だった。その為にある人の協力が必要だった。  コンコンとノックの後、扉が開かれ一人の男が入ってきた。 「岡嶋様お待たせして申し訳ありません」  男は整った顎髭に髪はツーブロックに揃えられており、キッチリと紺色のスーツを着こなしている。年齢で言えば三十代後半と言ったところだろうか。 「初めまして。桐谷と言います」  桐谷は律儀に名刺を渡した。僕は工場勤務の為、そもそも名刺を所有していない。受け取るだけ受け取った。名刺にはこう書かれている。 【桐谷探偵事務所 代表取締役兼所長 桐谷勇作】 「そもそも個人事務所なので代表取締役も所長も私が受け持っている形です。お初に目にかかりますがよろしくお願いします」 「はぁ、こちらこそお願いします」  コンコンとノックの後、先ほどの事務員の女性がお茶を持って入って来た。 「失礼致します。お茶をお持ち致しました。ついでにようかんもありますので良かったらどうぞ」 「ありがとうございます」  事務員の女性が去った後、桐谷は手を掲げる。 「どうぞ。お食べ下さい」 「どうも」  僕はようかんを一口食べた。 「美味しいです」 「そうでしょ。この間、お客様から頂いた名産品なんですよ。ところで岡嶋様はお若く見えますが今、いくつなのでしょう」 「今年、二十六になりました」 「そうですか。いやぁ、若いですね。私は今年で三十八になるのですが、良いおじさんですよ。二十代後半は人生で一番楽しい時ですよね。私はその頃、定職に着かずに遊び倒していましたよ。岡嶋様は現在どのようなお仕事をされているんですか?」 「今は自動車メーカーの工場勤務です」 「そうなんですか。正社員でなされているんですか?」 「えぇ、まぁ」 「立派ですね。私と大違いです。見た目もしっかりされているように見えます」  個人で探偵事務所を経営している方が充分に立派に見えた。僕はただの一作業員に過ぎない。何も凄くないし、これから長く生きたとしてもおそらく何も変わらない。 「桐谷さん、それより相談の方なのですが」 「おっと、これは失礼致しました。それでご依頼の内容とはなんでしょうか」  桐谷は先ほどのおチャラけた感じとは違い、真面目な雰囲気にガラッと変わった。仕事モードという奴だろうか。今回僕が探偵事務所に訪れたのはある依頼をする為である。ネットで探し、相談と見積もりが無料という項目に釣られて来てしまった訳だ。 「ご安心下さい。どれだけ長話になろうと見積もりを見て納得できなかったとしてもお金は発生しません。あくまで依頼が成立した時のみ料金が発生しますので包み隠さずお話し下さい」  負担を軽減するように桐谷はワンクッション入れた。話を聞く構えである。 「ある人を探し出して行動パターンを調べて欲しいんです。朝から晩までの動きをこと細かく。期間は一週間くらいを見て頂きたいです」 「なるほど。その人物の情報はお持ちですか」 「現在はどこに住んでいるか分かりませんが八年前の知っている限りの情報と顔写真です」  僕が書き出した情報の紙と写真を受け取った桐谷は事細かく目を通した。 「そうですか。でしたらまずはこの人物の捜索をして現在の生活を張り込むということでよろしいですか」 「はい。そうです」 「分かりました。付かぬ事を伺いますが、この人物と岡嶋様の関係はどのようなものでしょうか」 「それは……その……」  復讐相手とは言えなかった。 「すみません。言えないのであれば結構です。ただ、捜査に必要な情報を知る限りでいいので幾つか質問させて下さい」  桐谷から幾つかの質問を受ける。その人物の性格や趣味といったものだ。 「ありがとうございます。依頼内容は把握しました。これを元に見積書を製作しますので少々お時間下さい」 「分かりました」  待つこと十五分。桐谷は僕の元に戻ってきた。 「岡嶋様、お待たせしました。見積書が出来ましたのでご確認下さい」  僕は渡された見積書に目を通す。その金額に僕は膠着する。 「おおよそ見積もってざっと四十五万円です」 「結構良い値段ですね」 「申し訳ありません。説明させて頂きます。まず、どこに住んでいるか捜索するには市役所など出向き調べる必要があります。勿論、私たちは警察ではないので調べられるのには限界があります。しかし、お客様には言えませんが探偵には探偵の情報網がありますので現在の居所くらいであれば割り出すことは可能でしょう。それで大体十万円から二十万円掛かってきます。そして次にその人物の行動を隈無く調べるには一日中付きっきりになります。人件費に長時間の拘束が考えられますのでそれなりの金額にはなります。調べる期間を短くすればもう少し安く提供出来るのですがどうしましょう」  淡々と説明を受け、理解しようと桐谷の言葉を頭の中で繰り返した。確実に行動パターンを知るにはどうしても一週間は欲しい。それをケチって見えたものが見えなくなってしまえば僕の計画に支障が出る。それだけはあってはならない。 「期間は減らすことはできません」 「そうですか。これはあくまで大まかな見積もりになります。これより高くなることも低くなることもあります。例えば交通費や宿泊代で出費が多くなることも考えられます。そこはご了承して頂きませんか?」 「分かりました。お金はなんとかします」 「ありがとうございます。では依頼を成立ということでよろしいですか」 「はい。お願いします」 「分かりました。では依頼成立にあたり契約書の説明がありますのでもう少々お時間を下さい」  こうして僕は桐谷にある人物の捜索と尾行を依頼する形になった。
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