過去(二)

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過去(二)

僕と菜穂は猫の飼い主探しをきっかけにいじめっ子といじめられっ子の関係から幼馴染の関係に変わっていた。最初の共同作業でお互いのことをより一層知れたのだ。ちなみにその猫といえば僕の実家に飼われることになった。結局、ビラ配りや学校の人に声をかけたが飼い主は見つからなかった。結果、僕の家で引き取ることになったわけだ。猫の名前は『チビ』である。菜穂が付けた名前であり、由来は小さいからという見た目のままである。現在は名前とはかけ離れており大きく成長した老猫である。実家を出てからチビとは会っていないが元気にしているだろうか。  当時はチビのおかげで菜穂が頻繁に家に遊びに来てくれるので自然な流れで交流が増えて関係性を築けた。お互いの親とも親密になり、ご飯をご馳走になったりご馳走したりとそんな仲だった。今を思い返せばチビが僕と菜穂を引き寄せてくれたキューピットだったのかもしれない。気づけば菜穂とは常に一緒に行動をするようになった。小学生の間は隣に菜穂がいることが当たり前のように感じていた。  もう、菜穂を虐めることはない。ちょっかいを出すことはあるがあくまで友達の範囲内でのこと。菜穂過ごしたあの時代は楽しくて嬉しいひと時である。  しかし、中学に進学した当初、仲の良さは減っていた。  特に喧嘩をした訳でもない。中学になれば制服を着るようになるし、クラスも増えて新しい友達も出来る。それに僕と菜穂はクラスが離れており、会いに行くのも変な感じだったので何となくお互い距離を置いていた。  廊下でたまに菜穂とすれ違う時はあるが、隣には常に友達がいるので声を掛けづらい。  幼馴染とは名前ばかりになっていたそんなある日のことだった。駐輪場に自転車を取りに行った時、菜穂は一人で立っていた。 「あ」 「おう」  ぎこちなく僕と菜穂は声を発する。久しぶりすぎてどう話して良いかお互い分からない様子だった。 「何しているの?」と僕は聞いてみる。 「友達を待っているの。でも、少し長引いているみたい。一人で帰ろうかなって思っていたところ」 「そ、そうなんだ」  少々の沈黙が続いた。僕は鍵を開けて自転車を取り出す。 「ねぇ、今から帰るんでしょ。久しぶりに一緒に帰らない?」 「別に良いけど」  ぎこちなさは帰り道でも続いた。一緒に帰ることにはなったが気まずかった。これを切り出したのは菜穂だった。 「久しぶりだね。こうして一緒に帰るのって」 「そうだな。小学生の時はほぼ毎日一緒に帰っていたっけ」 「最近はあまり帰れてなかったね」 「うん。まぁ、お互い友達といる時間が増えたから」 「最近どう? 新しい環境には慣れた?」 「ボチボチかな。そっちは?」 「うん。楽しいよ」 「そっか」  続かない会話が僕たちの歩を緩める。 「私のこと、避けていたりする?」  菜穂は聞きづらそうにしながら聞いた。僕は首を横に振る。 「そんなことはないよ。ただ、なんとなく女子に話しかけると周りの目が気になると言うかなんて言うか」 「ふふ。あ、分かるそれ。男女が仲良さそうに話していると目線が気になるって言うか、そんな雰囲気あるよね」  菜穂は可笑しくなったのか、急に甲高く笑いながら言った。  制服を着て身体も少し大人っぽく見えたが中身は僕の知っている菜穂のままなことに安心した。いつもの菜穂が目の前にいると。周りの空気に流されて避けていただけだと僕は知った。緊張が解れて僕と菜穂は前のように喋るようになった。僕たちの関係は変わらない。 「ねぇ、最近チビはどう? 元気にしている?」 「あぁ、いつの間にか少しデカくなっている。チビじゃなくなったかも」 「本当に? 今度また見に行っても良い?」 「うん。チビもきっと喜ぶよ」  そんな何気ない菜穂との会話が僕は好きだった。  中学でも変わらずの関係を築けたある日のことだった。 「ねぇ、真斗。とある噂を耳にしたから聞いてよ」  ある休み時間に菜穂は僕の教室に出向き訪ねてきた。  小学校まで上の名前で呼び合っていたが、中学に入った後は僕と菜穂はいつの間にか下の名前で呼び合う仲になっていた。それは僕にとって大きな一歩である。 「何? 急に」と、僕は肘をついて怠そうに答える。 「実は最近、学校の周辺で暗黙恐喝が行われているようなの」 「暗黙恐喝? 何それ?」と、僕は首を傾げる。 「つまり、被害者は何らかの弱みを握られてお金を取られても誰にも口外しないのよ。被害届も出せないから犯人の消息も不明。今、この付近で問題になっているのよ」 「そうなんだ。どこでそんな噂を聞いたの?」 「誰からって訳じゃないけど、地元では結構有名な話だよ? 私、そういう卑怯なやり方は許せないよ」  菜穂はまだ見ぬ犯人に怒りが込み上げていた。僕も菜穂と同じ気持ちだった。  当時、菜穂は刑事ドラマにハマっていた。その内容を僕に楽しそうに語るのだ。私もいつか刑事になりたいと口癖のように言っていた。僕と一緒にいるのが楽なのか、普段は口数が少ない菜穂はよく喋る。僕しか知らない一面であった。最近は事件という言葉に敏感であり、推理をするのが好きなようだ。推理小説もよく読んでおり、より多くの知識をつけていた。菜穂は自分の実力を試したいが為によく僕を使ってクイズを出したりして優越感に浸ることが多かった。  話を聞いてみると被害者は家が金持ちを狙う傾向があるそうだ。その手口は悪質で知られたくない秘密を盾にしてお金を揺するとんでもない連中がいると言う。お金がなく知られたくない秘密を作らないことが狙われない鉄則だそうだ。僕も菜穂もその心配はなさそうだ。僕たちは平凡な一般家庭なのだから。  噂話を聞き流した後、何気無い会話をしていた時だった。  「ねぇ、真斗。今日さ、真斗の家に行ってもいい?」  菜穂は不意を付くように言った。 「え? なんで?」と僕は驚くように言った。 「だって中学になってから行ってないじゃん。勉強とか部活とかあって。確かに私もソフトボールで忙しいけど、たまにはどうかなって思ってさ」  そう、菜穂は中学からソフトボール部に入部していた。この学校では女子の中では熱血でハードな活動をしており、県大会にも出場するような強豪校である。放課後や休日はほぼ部活であり、休む暇なんて一切なかった。  何故、菜穂がそのような部に入ったのか疑問だったので聞いてみたことがある。すると、こう返って来た。「仲間が欲しいから」と菜穂は言った。  今までまともに運動をしてこなかった菜穂にしてみれば自分を痛めつけているだけのものである。そんな過酷な想いをしてまで続ける理由は部活動を通して仲間が欲しいのが最大の目的のようである。確かに運動部は勝ち負けがありその為に練習をしてチームワークをよくして喜びや感動が味わえる。自ら苦しい想いをした菜穂を僕は応援したい。菜穂にとってソフトボールの強さは二の次。一番は仲間との思い出。いつも僕は陰ながら練習の風景を見ていた。そんな菜穂の姿がまた好きだった。  以前はよくお互いの家に行くことはよくあった。しかし、環境も変わりその頻度はゼロに近い。 「菜穂、部活休みの日あるの?」 「基本はない。でも、もうすぐテストだからある意味チャンスだしどうかなって思って。ちょうど今日から休みだし」  そう、うちの学校はテストの一週間前になると全ての部活動は強制的に休みになり、その間はテスト勉強に集中するようにと学校から強いられているのだ。 「確かに最近、行くことなくなったけど、どうして急に?」  僕は試すように聞いた。 「そんなの決まっているじゃない。チビに会う為よ。それに約束したじゃない。今度行くって。制服姿見せてみたいし」 「なるほど」  僕はガッカリと溜息を吐いた。あくまで目的は僕ではなくチビなんだと。 「ん? どうしたの?」  菜穂は下心に気付いたのか、気付いていないのかよく分からない反応をした。 「なんでもない」と僕は言った。  中学に上がってから少しだけ菜穂は大人びているように感じた。意識しない訳がない。 「テスト勉強、一緒にしよ。私が教えてあげる」  菜穂は鼻を高くして言った。上から目線だが、悪気はないのだろう。菜穂は勉強に関してはトップの成績を出している。部活ばかりで勉強する時間がないとは言うが授業ではしっかり聞き、家では復習はこなしている。頭が良いと言う訳ではなく勉強の仕方が上手いのだ。机に何時間座っているだけで勉強をした気になる人がいると思うがそれはただ時間を無駄にしただけだ。少ない時間で要点だけ把握するのが重要だ。その点に関して菜穂は出来る方だった。 「宜しくお願いします」と僕たちの勉強会を行うことになる。  僕の家に菜穂が来たその日、特にやましいことはなくチビと戯れて勉強をして夕食を一緒に食べて終わった。勉強をすると言うより勉強の仕方を勉強したに過ぎない。それでも菜穂が勉強できるのは変わらない。両親は菜穂に質問攻めになり、思うような展開にはならなかった。  気づけば時間は二十一時を過ぎ、菜穂が帰る時間になってしまう。家は近所であるが、夜道に女の子一人で帰らせるのは危ないので僕は近くまで送り届けることになった。 「ふー楽しかった」  伸びをしながら菜穂は言った。 「びっくりしたよ。菜穂って頭良かったんだ」 「そうだよ? 忙しいけど、やることはキチンとやるから」  結局、僕は菜穂に家庭教師のような形で教わることになった。両親の目線もあり、勉強しないといけない空気だったので少ない時間で必要最低限の要点は教わることができた。 「ありがとう。菜穂」 「え? 急にお礼言わないでよ。照れるよ」  そのあと、少々の無言で僕たちは歩く。 「ねぇ、真斗。将来のこと考えたりしたことある?」 「将来? いや、特には何も」 「そっか。私はあるよ」 「何さ」 「教えなーい」  菜穂は笑顔で言った。 「自分から振った癖に」 「嘘だよ。私さ、将来は教師になりたい。生徒としっかり向き合える先生。 それが私の夢。可笑しいでしょ?」 「いいんじゃない? 似合う」 「笑わないの? ドラマの見過ぎだって」 「別に。何かやりたいことがあるにはきっかけが必要だよ。そんな些細なきっかけでもなりたいと思えるのならば羨ましい」 「ありがとう。こんな馬鹿げた夢を言えるのは真斗だけだよ」 「応援しているから」 「うん。ありがとう。その為にはまず勉強して体力をつけないと」  菜穂はガッツポーズをした。  その時だった。背後から物凄い勢いで自転車に乗った男が菜穂の横をギリギリで横切った。 「きゃっ」  菜穂は驚いて僕の方に抱きついた。僕は全身熱くなった。 「大丈夫?」 「うん。 コラ! 危ないじゃない!」  菜穂は横切った自転車に向かって叫んだ。  僕は菜穂とまた一歩、距離が縮まった気がした。
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