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現在(三)
「冷た!」
額にひんやりとした感触に僕は目を覚ます。
「あ、起きた」
最初に視界に映ったのは紫織ちゃんの不安そうな顔だった。濡れたタオルが僕の額から落ちた。
「ここは?」
「あなたの家だよ」
「僕はどれくらい寝ていたんだ」
「二時間半か三時間くらいかな」
スマホの画面を見ると十五時を回っていた。大体三時間か。
「急に倒れたからビックリしたよ。救急車呼ぼうか悩んでいた」
「君が看病をしてくれたのか。ありがとう」
「体調はどう?」
「大丈夫だ。それより」
僕は意識を失う前のことを思い出していた。そういえば。
言いかけた時、部屋を見て変化を感じた。後でやろうとしていたやりかけの洗濯は綺麗に干されている。床掃除も行き届いている。部屋全体が綺麗になっていた。
「君がやったの?」
「うん。勝手にご飯食べたからせめて働いて返そうと思って」
「そっか。ありがとう。助かったよ。それよりそろそろ帰った方がいいんじゃない?」
「いや」
「僕の家にいる理由はないだろう」
「いいの? 私をこのまま返しても」
「え?」
「速水菜穂さんって綺麗な人なんですね」
「なんでそれを」
「写真見ちゃいました」
紫織ちゃんはタンスの上にあった写真立てに指を差す。
「私、あの写真見て懐かしいと思っちゃいました。何でだか分かりますか?」
「知らないよ」
「私、今日菜穂さんのことを知ったわけではありません」
「さっきから君は何を言っているんだ」
「言い方を変えますね。私はずっと前から速水菜穂と言う人を知っています」
「〜〜〜〜」
僕は言葉にならない感情が込み上げていた。
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