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現在(四)
「君は何者だ。何故、菜穂の事を知っている!」
言葉にならなかったセリフをようやく発言し僕は紫織ちゃん相手に噛み付くように声を荒げた。冷静さが保てなかった。この際、大人とか子供とか関係なかった。
「そんなに怒鳴らないで下さいよ。少し冷静になりましょう。息を大きく吸って深呼吸して下さい」
僕は言われた通りに息を吸って吐いてを二回繰り返した。
「では、本題に入りましょう。どうして速水菜穂さんを私が知っているか、ですよね。知りたいですか?」
「勿論だ」
「分かりました。では想像してみて下さい。私が何故、あなたの彼女を知っているのか。彼女が亡くなったのはいつでしたか?」
「八年前」
「ちなみに私は今年七歳になります」
「それが何?」
「ふふっ。まだ分からないんだ。おバカさん」
紫織ちゃんは僕を小馬鹿にするように笑った。
「なんだよ。子供だからって許さないぞ。大人をからかうのもいい加減にしろ」
「そんな怒らないで下さい。冷静になりましょう。冷静に。カリカリしていると見苦しいですよ?」
火に油を注ぐような発言であるが、僕はグッと堪えた。
「答えは簡単。私は速水菜穂の生まれ変わりだからだよ」
「生まれ変わり?」
「そう。だから速水菜穂のこれまでの経緯を知っている。勿論、岡嶋真斗さん。あなたのこともね。前世の記憶は全部ここにある」
と紫織ちゃんは脳に指を当てた。
「何を言って……」
「嘘だと思っているでしょ?」
「当たり前だ。そんな現実的にありえない話を誰が信じるか。僕はそこまで馬鹿じゃない」
「将来の夢は教師になる事だったよね?」
「何でそれを?」
「当たり前だよ。だって私は速水菜穂の生まれ変わりなんだから。いつも言ってくれていたでしょ? 『菜穂なら必ずなれるさ』って」
「適当なことを言うな」
「適当? 私は事実しか言っていませんよ?」
「くっ……」
信じられなかった。いや、信じたくなかった。菜穂の生まれ変わりが今、目の前にいると言うことに。僕は動揺する。そんなことはありえないんだ。菜穂はもうこの世にはいない。菜穂の来世が紫織ちゃんだと。そんなの僕は絶対に認めない。
「速水菜穂が死んでから翌年に私は彼女の記憶を持って生まれた。それは紛れもない事実。まだ信じませんか?」
「偶然だろ。そんなのありえない」
「信じないのも無理はないです。私には前世の記憶が宿る能力が備わっているみたいです。私が凄いのか、菜穂さんの前世の思いが強過ぎたのか分かりませんけど」
「適当なことばかり言うなよ。バカバカしい」
「だったら質問してみて下さいよ。彼女の記憶の範囲内であればいくらでも答えてあげますよ?」
紫織ちゃんの余裕の笑みに僕は押し負ける。本当に全部答えられてしまったら信じるしかないのだろうか。そんなことは絶対にあってはならない。
「彼女の好きな食べ物は?」
「オムライス」
「彼女の誕生日は?」
「平成◯◯年十月二十五日」
「彼女の血液型は?」
「O型」
「彼女の趣味は?」
「読書。特に推理小説が好き」
「彼女の好きな動物は?」
「猫。いや、チビと言っておきましょうか」
「…………」
ここまでの質問は全て当たっていた。ありえない出来事に困惑した。
「信じてくれた?」と紫織ちゃんは嬉しそうに言う。
「信じない。だが、仮に本当だとしよう。君の目的は何だ。何をしにここに来た?」
「仮に本当だとしたら何をしにここへ? それはあなた自身が一番よく分かっているんじゃないですか? 真斗さん」
「どういう意味だ」
「どういう意味ってそのままの意味ですよ」
紫織ちゃんはその場を立ち上がった。そして部屋の中をグルグルと意味もなく歩き回る。
「速水菜穂の死から八年。私は彼女の死ぬ直前までの記憶がここにある」
と、紫織ちゃんは自分の脳に指を当てる。何回も強調しなくてもいい。
「と、いうことは彼女が死んだ後の世界であなたが何をするか安易に想像できます。つまり、あなたはある人物を殺す為に着々と準備を進めている。この八年という長い年月をかけて。そうでしょ?」
紫織ちゃんのその問いかけに僕は答えなかった。
「なんならそのある人物の名前を言いましょうか?」
「そいつの名前は出さないでくれ。名前を聞くだけで気が狂いそうだ」
僕の視線は床を向き、湧き上がる怒りが両手を震わせていた。
すると、それを見た紫織ちゃんは呆れるように大きく溜息を吐く。
「ずっと一人で抱え込んでいたんですね。どんな気持ちでこの八年を過ごしてきたんですか?」
「君には関係のない話さ」
「私の頭の中でずっと声が聞こえるんです。関係のない話ではありません」
「何が聞こえるというんだ」
「真斗を止めて」
僕は全身に電気が走った感じがした。菜穂の声が僕にも聞こえてきそうだった。
「私があなたと接触した本当の理由は彼女の望みであってあなたの為でもある。だから私は速水菜穂に変わって止めに来たの」
「何だって?」
「あなたは必ず近い将来、大きな犯罪を犯す。全ては速水菜穂の為。違う?」
紫織ちゃんは僕の目を見つめる。僕は歯ぎしりをした。僕は菜穂の笑顔が堪らず好きだった。だが、それを奪ったあいつだけは絶対に許せなかった。僕はあの日からずっとその思いが消えたことはない。その為に僕はこの八年、ずっとある準備をしてきた。あいつを地獄に葬ってやる為にずっとずっと計画を練ってきたんだ。
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