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(2)
「どうやって事情を話せば分かってもらえるか、分からないけど」
僕が部屋を訪ねてから2時間後、寝室のベッドに腰掛けた先生は、そう前置きしてから、タブレットの液晶画面を僕に見せようとしている。僕は隣に座り、彼女の手元をのぞき込む。シャワーを浴びたばかり先生からシャンプーのほのかで暖かな香りが匂った。
「これは、私の父なの」
確かに、液晶画面には白髪頭の初老の男性の写真が映っている。インターネットの検索で出てきたもののようだ。写真の下にはプロフィールも書いてある。
「大学の先生、ですか?」
そのホームページは日本の著名な研究者を一覧にまとめたものらしかった。先生のお父さんは、「植物細胞学」という学問の権威であるらしい。プロフィールには、研究に関する賞の受賞歴や著書についての記述がかなりのスペースをとって書かれている。そして、その最後の一行に一言「なお、201×年5月に失踪、その後行方不明」と記されていた。
「世間では父は失踪したことになっているわ」
僕が最後の一行に見入っていることに気がついたのか、先生がささやくように言った。
「したことになっている? ということは、失踪はしていないんですか?」
「・・・・・・」
先生は黙って、タブレットの液晶画面の上で指を滑らせた。次に先生が僕に見せた画面には、遠くの山並みを背景に二本の木が並んで立っている田園風景の写真が映っていた。
「これが父と母」
「え?」
「右が父で、左が母なの」
先生は確かに指で写真の二本の木を指し示していた。
僕は何と言っていいのかわからない。
「父は、人間が樹木化するための研究をしていたの。人間の細胞の組成を徐々に変えていき、最終的に人間は植物・・・・・・樹木になる」
信じられないような言葉が先生の口から紡がれ、僕の脳はもはや彼女の話す内容について行けそうになかった。
しかし、先生は、僕が神妙に自分の話を聞いてくれているものと理解したのか、ポツリポツリと自分の家族、そして父親が心血を注いでいた研究について語り出した。
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