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父は研究は、人口増加、文明の進歩による地球の環境悪化をくい止めようとするためのものだったわ。
父は考えたの。人間が植物になる・・・・・・たとえば、樹木・・・・・・光を浴びて光合成をし、二酸化炭素を吸って酸素を吐き出す・・・・・・動かず、活動せず・・・・・・。
全ての人間が樹木になる必要はない・・・・・・でも少なくとも地球上の人間の3人に1人が樹木化すれば、人間の社会活動は縮小し、文明はこれ以上の発展を止める。あとは、自然界の回復機能に従って、損なわれた自然がもとの姿を戻るのを待つだけ・・・・・・何千年、何万年をかけて・・・・・・。
それが、父が長年の研究の末に辿り着いた理論。
途方もない発想だったけど、父は本気だった。それまで築き上げたキャリアと信用を捨てても、夢中で「人間の樹木化」の研究にのめり込んでいった。やがて学界から異端扱いされて、冷たくあしらわれるようになっても、ね。
研究の実験台は母と私・・・・・・そして、父自身。
貴方も知っているでしょう? 私がとても少食なこと。
私は、昼間に日光に当たっていれば、光合成して体内で栄養素をつくることができるの。だから食べなくても本当は大丈夫。
私は、子供の時から、赤茶色い、甘ったるい飲み物を飲まされたわ。その薬品が徐々に私の細胞を変えていった。
じゃあなぜ、私が今に至っても樹木とならずに「人間」として動いたり生活できているんだ、って思うわよね?
私は、中学生の頃から薬を飲むのはやめていた。今考えると反抗期だったのだと思うけど、父の研究の実験台にされるのがイヤだったの。飲むふりをして全て捨てていたのよ。
でも、父も母もずっと薬を飲み続けていたわ。毎日、欠かさずに。
私が高校生の時、ある日、二人の肌にはところどころ、堅いひびわれた大きなかさぶたのようなものが斑状に現れたの。まるで木の幹のウロのように。
そのかさぶたが父と母の肌に現れてから二週間ばかりして、我が家は突然引っ越すことになったの。山の奥深い、過疎化した村に。
私は生徒が10人くらいしかいない小さな学校に通わなければならなかった。
森の奥に建つ古民家で暮らしながら、両親は確実に樹木化していった。
肌の赤いひび割れは日に日に大きくなり、そのひびの割れ目から新芽のような緑色の植物が生えてきた。
二人はあまり言葉を発しなくなったわ。日の出ているうちは、一日中家の庭で地べたに並んで腰をおろし、ニコニコしながら日光浴をしていた。
ある日、学校から帰ると二人の姿は見えなくなっていた。
代わりに庭に寄り添うように並んだ二本の木が立っていたの。
・・・・・・・・・・・・当たり前だけど、結局、地球上の人間の30%を樹木化するという父の夢は叶えられなかった。
自分の研究を誰からも認めてもらえない孤独と絶望から父が救われるためには、自分自身が樹木になって研究の成果を自分の肉体で証明するしかなかったのかもしれないわね。それには、母と・・・・・・そして、本当は私も道連れだったのだけど。
・・・・・・いいえ、父は多分知っていたのね、私がずっと薬を飲んでいないことに。
両親が樹木化して実質的に1人取り残された私の手元には、父の研究データが残されたわ。いつかの未来、世の中が父の考えを受け入れるように変わった時に公表してほしいと願って私に託したのかもしれない。
でも私はこれを公表することはないと思う。
その代わり、私はこのデータを読み取って、父の薬・・・・・・人間を樹木化させる薬を再現してつくることができたわ。
(そういって、先生はシルクのナイトウェアの長い袖を捲って僕に見せた。彼女の腕は、赤茶色いひび割れに覆われていた。まるで木の幹のような)
ここ一ヶ月くらいずっと薬を飲んでたの。意外に効果が早いみたい・・・・・・私はもうすぐ樹木になるわ。あの植木鉢は、樹木になった私を植えるためのものよ。
なぜ今更って思うでしょう?
別に世の中に絶望したりしたわけじゃないの。ただ・・・・・・これからの人生は、もっと穏やかな時間の中で過ごしたい・・・・・・そう思っただけ。
日の光を浴びて光合成をし、二酸化炭素を吸って酸素を吐き出す・・・・・・動くこともなく・・・・・・。
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