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 その夜の先生は、いつもよりも魅惑的だった。柔らかな肌と、斑模様に浮き出た「木の幹」の部分。確かに、前に先生に会った時にはなかったものだ。急速に樹木化してきているということなのか。  堅い鱗状になった先生の肌がゴツゴツと僕の肌を擦る感触が妙に官能的だった。そして、先生の肌から生えてきた柔らかな葉がサワサワと優しく僕をくすぐっていた。  朝起きると、先生は息をしていなかった。  僕はびっくりした。  先生の肌の赤茶色いひび割れは更に大きくなって、全身を覆っていた。  肌のひび割れからは、蔓状にぐねぐねとうねった枝が伸びてきている。枝には、まあるい小さな葉が群生するように生い茂り、その合間を縫って血の色のように赤い花の蕾のようなものが顔を見せ始めていた。  僕は気がついた。先生は死んだのではなく、動物としての呼吸をやめただけなのだ、と。  しばらくすると、先生の口の端や耳の穴からも蔓状の枝が伸びてきて、3時間ほどかけてゆっくりと先生の顔に絡みついた。  先生の体には蔓状にうねる枝と丸く小さな葉の群れが複雑怪奇に絡まりあって、かつて人間だった姿を完全に覆い尽くしていった。  僕は先生の体を持ち上げ、例の植木鉢に入れる。先生の体から生えた枝と葉っぱがわさわさと揺れた。    午後になってから僕は車の後部座席いっぱいに植木鉢ごと先生を乗せ、隣の県の山間地帯に向かった。  ベッドのサイドテーブルに地図が置いてあったのだ。  地図の上に赤く丸をつけられたその場所がどこであるか僕はすぐに理解した。  先生はその場所に行きたがっている。  そこには、赤い西日に照らされて二本の木が寄り添うように立っているのだろう。その真ん中に植木鉢に入った先生を置いてあげよう。先生も、二本の木も、木の葉をキラリキラリとそよがせながらきっと喜んでくれると思う。  バックミラー越しに、樹木化した先生の枝の赤い小さな花がポツンポツンと咲き出したのがチラリと見えた。  車の振動に合わせて、濃紺の植木鉢の上で赤い花たちが踊るようにゆらゆらと揺れている。  
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