episode263 臓器提供者①

14/30
前へ
/30ページ
次へ
考える間もなく僕は九条さんの手を握っていた。 温かく滑らかなその手はいつもと何ら変わらない。 「ごめん……驚いたよね……」 乾いた声が言う。 「ああ……驚いたよ」 「君に言ったら反対すると思った。だから……」 「いいから。まだ話さないで」 こんな時さえ口元に穏やかな笑みを浮かべて——。 「強行した……勝手すぎたかな……」 色のない唇に僕はそっと人差し指を押し当てる。 「あなたは間違った事なんてしたことないよ」 むしろ——それが怖いくらいで。 「征司お兄様に他人の臓器を淹れるのが嫌だと言った……僕のためにしてくれたことだって分かってる」 九条さんは一瞬大きく目を見開いて それからそっと首を横に振った。 「僕は……そんなんじゃない……」 まだ麻酔が効いているようだ。 もう一度目を閉じるとそのまままた眠りに落ちてゆく。 「ありがとう——ゆっくり休んで」 僕は額に一つキスを落として。 後ずさるように部屋を出る。 音をたてぬよう病室の扉を閉めた瞬間。 「忙しいな。王様もお目覚めだ」 後ろに椎名さんが立っていた。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加