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10
まるで意味が分からなかった。今ペニスを挿入している、目の前の女性が死んでいる、幽霊、幻覚、これは何か悪い冗談なのだろうか。カレンは微笑んだまま続けた。
「さっき目瞑ったでしょう、その時に美嘉さんが見えたよね。あれはうちが見せてあげたの。何だろう、幽霊なりの特殊能力って感じ?」
「ちょっと待ってくれ、本当に、カレンは死んでいるのか?」
あっさりとカレンは頷いた。しかし高橋は思い出したかのように声をあげた。
先ほどカフェでカレンが選んだ小さなラテ。彼女は口をつけていなかった。
「そうだよ。うち実はラテって苦手なんだよね。なるべく量少ないもの選んだつもりなんだけど。」
「待て、俺の心の中を読めるのか。」
再びカレンは頷いた。まるで理解できず、高橋は裸のまま困惑した。彼女が幽霊で、今彼女に快感をもたらされていると思っていた感情が空っぽだと、未だに理解できずにいる。
「それにさ、美嘉さんのことを話してぼろぼろ泣いているのに勃起し続けるなんて不可能でしょう?これもうちの特殊能力だよ。康介に美嘉さんの映像を見せたのも、射精したばかりのペニスをまた勃起させたのも、全部うちのやったこと。どう?結構幽霊の特殊能力ってエッチなものばっかりなんだよね。」
もちろん信じられるわけがなかった。ただ今思えばここ数時間に起こったこと、全てに納得がいく。あの時カフェの店員が不審そうな目を向けたのはカレンの服装ではなく、1人だけにも関わらずアイスコーヒーとラテを注文したからだ。カレンは茶目っ気を含めて言った。
「ごめんね、結構康介の脳内覗いちゃった。幻滅したって言っているのに未練たらたらなんだもん。でも美嘉さんは幸せだったと思うよ。こんなに優しい人に愛されていたんだもん。」
無の表情から次に見た表情は、母親のような安心感があった。そうか、あの膣の匂いもこの表情も、すべて安心できるのは彼女が既に死んでいるからなのか。死者の温もりがこんなにも心地良いとは、まるで予想していなかった。
「康介は優しすぎるんだよ。」
カレンはそう言いながら体にもたれた。ぐんと顔の距離が近くなる。触れる肌も、包まれるペニスへの刺激も、口から香るタバコの匂いも、全てが現実だ。
「美嘉さんを幸せにしようとして自分を犠牲にしているんじゃないの?」
まるで心の中にある引き出しを片っ端から漁られているようだった。全てが事実であるために、高橋は呆気にとられて何も言えなかった。
「そうかそうか、学生時代は結構遊んでいたけど、いざ交際すると相手のためを思って自分の気持ちを蔑ろにする傾向にあるね。でもそれって実は相手のためにもならないんじゃない?」
彼女が本当に亡くなっているのなら、ここまで感情を探り当てられてしまうのも頷ける。自分を否定するように高橋は言った。
「俺がちゃんと言葉にして自分の気持ちを伝えないから、美嘉は俺に対して飽きたってことか。」
「そういうことだね。そりゃ康介だって、美嘉さんが何か言ってくれないと嫌でしょ。美嘉さんは意見をぶつけ合う関係性を望んでいたんじゃない?」
そうか、自分に足りないものはそれだったのか。何かが吹っ切れたように思えて、高橋は力なく笑った。浮気した自分を叱ってくれるかもしれない、美嘉はそんな思いだったのだろう。そのやり方が正解か不正解かは分からないが、そこまでさせてしまったのは自分の責任である。
「コラ、またそうやって自分を責める。」
カレンの指先が額をノックした。啄木鳥が木を突いているようだ。今の後悔もカレンには筒抜けというわけだ。
「美嘉さんが康介に飽きてしまったのはもう仕方のないことでしょう、だったらそれを教訓にしなよ。うちがどうやって康介に声をかけたか分かる?」
まるで分からない、幽霊の中にも暗黙のルールが存在しているのだろうか。カレンは康介の目の前に左手を翳した。焼けた掌、高橋は目を疑った。徐々に真ん中が薄くなって、奥からカレンの左目が覗いている。これが透けているということなのだろうか。
「もちろん普段は見えないよ。でも、気持ちを込めたいって思った人に念を送るんだ。そうするとその人はうちのことが見えるようになるの。さっき見かけた時に康介の背中から薄い青色のオーラが出ていたんだ。これはうちの独断だったけど、青いオーラはすごく悲しい気持ちを抱いているってセンサーだと思っていて。ばっちり当たったね。」
自分の悲しみを消すために彼女は念を送ったのだろうか、カレンは少し首を傾げて、どこか諦めたような表情を浮かべて笑った。
「うーん、まぁそういうことでいいかな。それじゃ続き、しよっか。まだ使いたい特殊能力があるんだよね。」
こんなにも魅力的な女性がもう既に亡くなっている、この世界は不条理だった。
「康介さ、結構美嘉さんとのセックス気に入ってたでしょ。」
もう驚くことはなかった。素直に高橋は頷く。絶頂を迎えた時にペニスを締める彼女の膣が好きだった。カレンは優しい口調で言った。
「じゃあ、忘れられないセックスにしてあげる。」
そう言ってカレンは額に唇を押し付けた。やがて彼女の右手がペニスの根元に触れ、左手が胸部に触れる。これが特殊能力とやらの発動方法なのだろうか。
やがて唇が離れ、彼女は上体を起こした。ぬるま湯を含んだようなバランスボールが微かに揺れる。
「5秒目瞑って。」
言われるがままに目を閉じる。瞼の裏に浮かんだのは薄い闇だった。頭の中で5秒数えて、ゆっくりと目を開く。そこに見た光景を高橋は一生忘れないだろう。
「美嘉…?」
丸みを帯びた褐色肌のカレン、その裏で透けるように懐かしい美嘉の裸体があった。何度も目を擦ったものの美嘉の幻影は消えない。カレンは照れるように言った。
「康介の記憶の中にあるセックスの映像を転送した、って感じ?うちもあまりよく分かってないんだよね。」
そう言うカレンの口と美嘉の口は連動していた。動きまで同じである。
「じゃあ動くよ、康くん。」
美嘉が自分を呼ぶ名前だった。カレンと美嘉の声が重なって聞こえ、ゆっくりと腰を上下に振り始めた時に感じた感覚も、全てが懐かしかった。
「美嘉さんの中も再現したの。おかしな感じだけど、気持ちいいでしょう?」
高橋はみっともなく涙を流して、美嘉の目を見ながら頷いた。
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