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改めて最後のセックスとなると、高橋は燃えてしまった。おそらくカレンはセックスに対してマイナスなイメージを持っていないだろう、なら情熱的に抱くのもいいだろう。鍵を開けて部屋に入り、自動照明が薄い橙色を放つ。扉を閉めて鍵をかけ、細い廊下の向こうに進もうとするカレンの後ろ姿を強く抱きしめた。 「ちょっと、溜まってんの。」 意外にもカレンの匂いは優しかった。どこか自分を包んでくれるような温もりがある。既にペニスは硬直していた。 彼女の乳房は深く指先を沈めるとそのまま呑み込まれてしまいそうなほど柔らかく、深い。高橋は自分の息遣いが荒いことに気が付かなかった。 「あっ、ダメ。風呂入ってからしよ。」 顔だけ振り返り見上げてそう言うカレンの表情には余裕があった。こういうことに慣れているのだろう。分かったと言って乳房から手を離し、距離は近付けたまま2人は室内に入った。 薄暗い部屋の真ん中に大きなダブルベッドが鎮座している。その奥には2人掛けのソファーがあった。円形のテーブルと同じ焦げ茶色。入ってすぐ右手に洗面台、それを挟むようにトイレと風呂場が両脇にある。ソファーの向かいの壁に取り付けられた小さなテレビから、ゆったりとした音楽が流れていた。 「うち先風呂入るから。AVでも見て待っててよ。」 荷物を持たないカレンはすぐに洗面台に向かった。あえて脱衣するところを見ずに、ベッドの前をすり抜けてソファーに腰掛けた。シックなデザインの壁はベージュと黒が混じっている。チノパンのポケットに収まっているセブンスターから1本抜いて火をつけた。 これで最後なのだ。 フィルターに口をつけて吸い込む度、美嘉とのセックスが脳裏に過ぎった。意外にも少し激しめなプレイを好んでいた彼女は、ブロンド映画に登場する女優のように激しく喘いで、家ですると近所に聞こえないか不安を抱いたものだった。そして彼女は騎乗位が好きだった。決して大きいわけではなかったが、必死に高橋の上で乳房を揺らしながら天井を仰ぐ美嘉の姿は、今も鮮明に思い出せるし、この1週間のうちにそれを瞼の裏に浮かべて自慰行為に耽ったこともあった。だが、それも今日で終わる。 「はい、次康介ね。」 7年間を思い出すといつも時間はあっという間に過ぎていた。いつの間にか風呂から上がったカレンは豊満な体に真っ白なタオルを巻いている。意外にも丸みを帯びていた。これは本能によるものなのだろう、今日が人生最後と思う度に腹の奥から巡る漣が止まってくれないのだ。妙に息を荒くしてソファーから立ち上がり、入れ替わるように洗面台へ向かう。カレンに背を向けて藍色のTシャツを脱ぎ、ゆっくりとチノパンを剥いだ。恐ろしいほどに膨張したペニスがトランクスから解放される。先端から透明な液体が漏れていた。 本来であれば雰囲気を楽しみながら徐々にペニスを硬くしていくものだが、もう既に準備万端である。一体どうなっているのだろうか。もしや自分の体はまだ死を受け入れたくないのかもしれない。ペニスが自分の意思に抗おうとしている、妙な話だった。 肌触りの良い床に足を踏み入れると、先ほどカレンが流したお湯が足の裏に染みた。その時に感じたのはおかしなほど心地の良い温もりだった。 嗅いだことのない匂いだった。感覚こそ分からないが、おそらく母の胎内に似ている。何故か安心してしまうのだ。高橋は慌ててボディーソープの蓋を押した。白い粘液が床に落ち、ラベンダーに似た香りが風呂場に薄く漂う。しかしこの匂いではない。何故訪れたことのないラブホテルの風呂場でこんなにも安心してしまうのだろう。 (そうか、これも死から免れたい本能なんだ。) 体と髪をいつものように洗い、浴槽に浸かりながら高橋は納得していた。最後のセックスだと心に決めた人間は嫌という程ペニスが硬直し、初めて訪れたラブホテルの一室に母に似た温もりの匂いを嗅ぐ、この体験を世界で一体何人が知っているのだろうか。特別な人間になった気分だった。死を覚悟した状態でするセックスは、そのまま昇天してしまうかもしれない。 未だに硬直し続けるペニスの先端を天井に向けたまま、高橋は風呂場から出た。備え付けのバスタオルで体の水を拭き取り、腰に巻く。 「やっほ、貰っちゃった。」 カレンはソファーに座りながらタバコを燻らせていた。おそらく彼女は10代で確定である、しかし高橋は注意をすることはなかった。どうせ彼女と体を重ねて自分は死ぬのだ。どうだっていい。力なく高橋は言った。 「慣れてるの、そういうの。」 「まぁね。でもこれ、タール高いっしょ。」 少し咳き込んで微笑むカレンは非常に可愛らしい女性だった。どうせならあの厚化粧を外した姿を見てみたいものである。 隣にどかっと腰掛けると、斜め上のテレビからアダルトビデオが流れていた。短い黒髪を振りながら豊満な肉付きを揺らしていく。 「あれ、もう勃ってるじゃん。早くない?」 バスタオルの裏でピラミッドが形成されている、高橋は隠すことなく座っていた。大袈裟に喘ぐ女優をぼんやりと眺めながら言う。 「そうだね。カレンがすごく魅力的だから。」 自殺を決意しているから、とは言わなかった。しかしそうでなくともカレンの体は文字通り魅力的で、化粧によらず適度に丸みを帯びた肉体。左隣に座る彼女の少し太めな足がどこか照っていた。意外にも良い女性と巡り会った、そう思った時に高橋は手を太ももの上に伸ばした。 「やだー、エッチ。」 そう無邪気に笑うカレンを見て、高橋も笑った。もしカレンと交際していたら、自分は死を決意しなかったかもしれない。 「すごい柔らかい。」 色を塗りたくるように撫でていく。距離を詰めて左手を彼女の後ろに回した。 「そっちはすごい硬いけどね。」 カレンは左手を伸ばして高橋のペニスに触れた。布越しからでもどこかひんやりとした感触が伝わる。このまま扱いてしまうとすぐに果ててしまうかもしれない。2人はゆっくりとキスをした。ふっくらとした唇が心地良い。暴走してしまいそうなほど脳内は性欲に満たされていたが、あえて遅い愛撫を心掛けることにした。まだ1時間20分もある。人間を堪能するには十分な時間だ。 互いの舌が絡み合って唾液が混じる。頭の中で音が鳴っているようだった。カレンの乳房に手を伸ばし、指先を沈ませるように揉んでいく。生暖かい風船は最も簡単に高橋の指先を深く受け入れた。ねっとりと絡む唇を離すと、カレンはひどく色気のある表情で言う。 「すごく優しいキスだね、これじゃ濡れちゃうよ。」 高橋は確かめるようにバスタオルの下に手を滑り込ませた。密着した太ももの隙間に侵入すると、行き着く場所はぐっしょりと濡れている。 「本当だ、もうこんなに。」 指だけではなく全身が吸い込まれるのではないかと不安を抱いしてしまうほど、カレンの膣は粘液に溢れている。湯煎したチョコレートのようだった。 「ねぇ、ベッド行こう?」 隣にあるはずのベッドが何故か別世界の場所に思える。高橋はゆっくりと顎の先を胸元に深く沈めた。
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