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これは、ちいさな町にすんでいる3人の家族のおはなし。
ある朝、小鳥のおしゃべりよりも大きなとけいの音がなりました。
すると、おうちの中をばたばたと走りまわる音がしてきました。
これはママの足音です。
ママはとってもあわてんぼう。
でも、だいすきなパパとまだ小さいつむぎちゃんのために今日もはりきってはたらきます。
まずは朝ごはんから。
ごはんをたいたら、次はフライパンにかきまぜたたまごをおとしていきます。
それを何回かくるっとまるめたら、たまごやきの完成です。
(あっ、そうだ。つむぎちゃんのすきなウインナーもやいてあげよう!)
つむぎちゃんのよろこぶ顔を想像しながら、ママはれいぞうこから取りだしたウインナーをやいていきます。
そうしてママがせっせとごはんを作っていると、向こうからすたすたとあるく音が聞こえてきました。
これはパパの足音です。
パパはいつもおしごとで大いそがし。
今日もママの顔を見るとすぐに「アイロンは?」と言いました。
これを聞いたママはびっくり!!
パパがおしごとの時に着ていくシャツにアイロンをかけることをすっかり忘れていたのです。
ママはすぐにアイロンを取りだして、パパのシャツのしわをのばしていきます。
シャツのしわがなくなってパリっときれいになった時、台所のほうからパパが「おい、こげてるぞ!」と言いました。
あわててママが台所に行くと、やいていたウインナーがまっくろになっていました。
ママはしょんぼり。
これではつむぎちゃんが泣いてしまいます。
なにか他に作れるものはないかなとれいぞうこの中をさがしていると、パパがさっきのシャツを着てリビングから出ていくのが見えました。
ママも走っておいかけます。
「朝ごはんは?」とママが聞くと、「今からじゃ時間がかかるだろう。」とパパ。
「ごめんなさい……。」とママは言いました。
(パパはいそがしいのに、わたしがいつもおそくてごめんなさい。)
ママは心の中でもういちどあやまりました。
パパがなにも言わずに玄関のほうへどんどんあるいていくので、ママはいつものように下をむきながらその後ろをついていきます。
くつをはいたパパは、「いってらっしゃい。」とママが言うまえにドアをしめてしまいました。
しばらくして、玄関にぽつんと立っているママのところにぱたぱたといっしょうけんめい走ってくる足音が聞こえてきました。
どうやらつむぎちゃんが起きてきたようです。
「ママ!おはよー!」と笑うつむぎちゃんは朝から元気いっぱい。
ママも気をとりなおして「おはよう!」と笑って言いました。
台所にやって来たママとつむぎちゃんは、ちょうどたけたごはんでいっしょにおにぎりを作りました。
たこさんのかたちにするつもりだったウインナーはこげてしまったので、ママは代わりににんじんをお星さまのかたちに切りました。
その間につむぎちゃんはたまごやきとハムを2つのお皿に分けてくれました。
最後に2人でブロッコリーとトマトをそえたら、今日の朝ごはんのできあがりです。
ママがつむぎちゃんに「ウインナーがなくてごめんね。」とあやまると、つむぎちゃんは「きょうはね、ママとつむぎでごはん作ったから、いっぱいおかずがあるよ!」と言ってくれました。
それから、自分で作った小さいおにぎりとママの作った大きなおにぎりを2つのお皿に1つずつおいて、「おそろい!」と言って笑いました。
その笑顔を見て、ママも「おそろいだねぇ。」と笑いました。
ごはんを食べたあと、ママとつむぎちゃんはおさんぽに出かけました。
2人で手をつないで、のどかな田んぼ道をあるいて行きます。
つむぎちゃんは、ちょうちょを見て大はしゃぎ。
でも、ママは浮かない顔をしています。
パパのおこった顔が頭からはなれないからです。
(ごめんなさい……。ちゃんとできなくてごめんなさい。)
パパは朝、いつもおこって行ってしまいます。
そしてママがこまって下をむくと、「いつまで下をむいているんだ!」と言うのです。
パパのよろこぶ顔が見たいのに、いつもうまくいかなくて、ママはずっとかなしい気持ちでいっぱいでした。
ごはんを作っている時も、おそうじをしている時も、せんたくものを干している時も。
ママの心はいつも泣いていました。
こうしておさんぽに出かけている今だって、ちゃんとうまく笑えているのかママにはもう分かりません。
「下をむかない。下を見ない。」
ママは自分に言いきかせました。
下をむいたら、涙がおちてしまうからです。
その時、手をつないでいたつむぎちゃんが大きな声で言いました。
「したみたら、おはなさん!」
ママはおどろいてつむぎちゃんのほうを見ました。
するとそこには、きいろいたんぽぽがさいていたのです。
うれしそうにしゃがんだつむぎちゃんに合わせて、ママも体を小さく丸めます。
またなにかを見つけたつむぎちゃんが、大きな声でママをよびました。
「みてみてママ!したみたら、ありさん!」
「そうだねぇ、ありさんいっぱいだねぇ。」とママはつむぎちゃんを見て言いました。
そんなママの顔を見て、つむぎちゃんは元気に言いました。
「あのね、つむぎね!おともだちとあそぶ時したみてるよ!おすなばでね、あそぶ時、おすなはしたにあるもん。おはなもね、むしさんもね、みんな、したにいるよ!だからね、ママもしたみていいんだよ!ママがしたみたらね、つむぎがいるよ!」
にこっと笑ったつむぎちゃんを見た時、ママの目から涙があふれてきました。
ママは泣きながら、ぎゅっとつむぎちゃんを抱きしめて思いました。
(本当だ。下をむかなきゃ、つむぎちゃんの顔が見られないよね。)
ママの涙を見たつむぎちゃんがこまった顔で「ママ、どうしたの?どこかいたいの?」と言ったので、ママは「違うよ。」と首を横にふりました。
「これはね、うれしいの涙なんだよ。つむぎちゃんがやさしくて、ママはうれしいの。ありがとう、つむぎちゃん。だいすきだよ。」
それを聞いたつむぎちゃんは、とてもとてもうれしそうな顔をして「つむぎもママがだいすきだよ!」と笑いました。
ママは涙をふいて、もういちどつむぎちゃんを抱きしめました。
つぎの日の朝。
きのうとおなじ大きなとけいの音がしたあと、おうちの中をばたばた走る音が聞こえてきました。
あわてんぼうのママはにちようびでも大いそがし。
でも今日は、おうちの中がいつもとちょっとちがっていました。
台所に行ったママはびっくり!!
なんと、今日はお休みのパパとつむぎちゃんの2人がなかよく朝ごはんをつくっていたのです。
ママはウインナーをやいているパパに「どうしたの……?」と聞きました。
するとパパはつむぎちゃんのほうを見てこう言いました。
「朝、つむぎに起こされたんだ。朝ごはんを作るのをおてつだいしたらママがよろこぶからいっしょに作ろうって。あのさ、朝ごはんを3人ぶん作るのってけっこう大変なんだな。おまえがあわてる理由がわかったよ。……いつもまかせてごめん、ありがとう。」
そのことばを聞いて、ママはまた泣いてしまいました。
パパがやさしく笑いかけてくれたからです。
うれしくてうれしくて涙が止まらないママを見て、つむぎちゃんが「うれしいのなみだ!」と言いました。
「うれしいのなみだ?」と聞くパパに、つむぎちゃんはむねをはって答えます。
「あのね、やさしいと、うれしいのなみだがでるんだって!パパがね、やさしいから、ママはうれしいのなみだがでてるの!それからね、ママは、やさしいつむぎのことだいすきっていってくれたの!だからね、ママは、やさしいパパのこともだいすきなんだよ!」
びっくりするパパに、「つむぎもパパのことだいすき!」と言って抱きつくつむぎちゃん。
パパは大きな手で、そんなつむぎちゃんとママをいっしょに抱きしめました。
それからというもの、朝に大きなとけいの音がしたらパパとママの足音がいっしょに聞こえてくるようになりました。
ママが朝ごはんを作っているあいだ、パパはアイロンでシャツのしわをのばしていきます。
起きてきたつむぎちゃんもいっしょに3人でおそろいの朝ごはんを食べたら、みんなでなかよくあとかたづけ。
そのあとは、玄関のまえで元気なごあいさつのじかんです。
「行ってきます。」とパパ。
「行ってらっしゃい!」とつむぎちゃんとママの声がかさなります。
あの日のママのうれしいの涙は、いつのまにかしあわせの笑顔にかわっていたのでした。
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