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賑やかな商店街の中を男が走っていた。
時刻は午前10時を過ぎたところ。威勢のいい声を響かせる八百屋やコロッケが自慢の精肉店。かまぼこ状の屋根に覆われた種々様々な店店が軒を連ねるアーケードには多くの人々が行き交っている。
男は赤ん坊程のくまのぬいぐるみを抱えたまま、その人波の間を抜けていく。
若い男である。周囲から向けられる怪訝な顔も何のその。息を切らし、汗だくになりながら駆けていく。
その背後5メートル程のところからだろうか。
「おい! 待ちやがれ!」
と怒声が上がる。
続けて「許さねえぞ」と別の声も聞こえてきて、男は顔を青くした。
しかし焦って前へ進もうとするも、この人ごみでは容易な事ではない。おまけに体力の限界も近づいてきていた。先ほどから肺は痛い程に苦しいし、足も何度もつりかけている。両手で抱えているくまのぬいぐるみが、腹立たしいくらいに重かった。
それでも捕まるわけにはいかないと、男はどうにかこうにか前を目指す。
「どけ!どいてくれ!」
掠れた声で叫んで、目の前に空いた人と人の間の僅かな隙間へ体をねじ込ませていく。
しかし左手で鳴り出した鐘の音。この商店街を利用する者なら誰でも知っている、タイムセールの開始を告げる音だ。
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