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運ぶといってもぬいぐるみは犬とさして変わらぬ大きさ、しかも見た目以上に重たさがあるようだ。だからくまの首の後ろ辺りへしっかりと食らい付いて、引き摺って前へ進んでいく。
雑踏の中でも犬は我が物顔だった。足が近付いて来ても避けようともしないし、こちらをじっと見つめてくる小さな子供がいてもまるで関心を示さない。ある店の前では「おやコロちゃん。どこでそんな物を?」と恰幅のいい中年女性に声を掛けられたが、やはり顔も向けなかった。
犬はそのまま商店街を抜け、大通りへ出た。カフェやオフィスビルが並ぶ二車線道路の歩道をずるずると進んだ。
そこから二十メートル程行ったところで、その背後、商店街の方からスーツ姿の男が現れた。左右を見回し、犬の姿を認めた男は、「クソ犬がっ」と漏らしてこちらへ駆け寄ってくる。
黒川であった。
直ぐ犬へ追い付いた黒川は、その口にくわえられているくまのぬいぐるみに手をかけた。そのままグイと引っ張るが、犬は離そうとしない。
尻を落として力を込めるが、犬も四肢を地面に突き立てるようにして抵抗した。
互いに一歩も譲らない攻防が続き、やがて限界を迎えたのは犬でも黒川でもなく、くまのぬいぐるみ。
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