くまさん

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 ビリッと破れたその茶色い布の切れ端を口に残した犬の名前は、野良だからない。ただ、いく先々でコロだのポチだのと好き勝手に呼ばれている。  犬がいつからこの街で暮らすようになったのかを知る者はいない。仔犬の頃からこの辺りを彷徨いていて、商店街に店を構える店主や、その客達にチヤホヤとされながら育ってきた。だから野良であっても腹を減らせた事はなく、虐げられた事もない。  そんな生活が今の彼の気質を形成したのだろう。彼は何者にも媚びたりはしない。餌を与えられてもそれが当然のように振る舞うし、撫でられていても向かう先があれば足を止めない。名前を呼ばれて駆け寄っていった事なんて、一度もなかった。  彼を(ぬし)や王様と呼ぶ人々もいるくらいだ。イタズラをしている時でもその態度は堂々としたもので、人のバッグを引ったくって後を追われていたって、「何か問題でも?」といった風に悠々と街中を闊歩してみせた。  だから犬をよく知る者であったなら、彼のくわえたぬいぐるみを無理に奪おうとはしなかっただろう。彼が興味のある内は、決してソレを手放そうとはしてくれない。そんな時は彼の興味が失せるのを待つか、鼻先にジャーキーをぶら下げでもして別の物へ関心を向かわせるしかないのだ。
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