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今日初めてこの街を訪れた黒川がそんな事を知るはずはなかった。一度ぬいぐるみを見失った事への焦りもあったのだろう。あまりに力を込めていたせいで、犬の方の布が破けた際、そのまま後ろへぬいぐるみを放り投げてしまった。
一部損傷したくまのぬいぐるみだが、傷はそれほど深くはなかった。表面の布地がちぎれてしまっただけで、中身が飛び出すような事はない。
歩道をコロコロ転がって、通行人の足にぶつかって動きを止めた。
「ん? 何だこれは?」
拾い上げたのは大人しそうな顔の中年男性だった。
「やけにずっしりしているな」
中年男性がつぶやいたところでパスッと空気が飛び出したような音が鳴った。男の足元のアスファルトが、コマ送りされたように弾けて跳んだ。
彼が不思議に思い顔を前へ向けると、そこには拳銃をこちらへ向け、足を野良犬に噛まれているスーツの男が。
「ソイツを寄越せ!」
怒鳴られ「ひえぇぇ!」とぬいぐるみを上へ放り投げた彼の名は迫田である。たまたまここを通りかかっただけの男である。
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