くまさん

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「く、くそぉ」  と苦しそうに漏らしたこの若い男の名は田村という。  運の悪い男である。彼の最初の不運は両親に捨てられた事から始まった。孤児院で育てられ、中学生の頃までは清廉潔白に生きてきたが、高校受験に急な腹痛が原因で失敗。滑り止めの事故に巻き込まれ断念し、仕方なく就職した会社は、上司にミスを押し付けられクビになった。  どんなに真面目に生きようと行く手を阻まれる運命にある男。彼の不運に纏わるエピソードは無数に存在し、それを耳にすれば彼が道を踏み外してしまった事を仕方なく思う者も多いだろう。  そうして悪事に手を染めるようになった田村だが、元は人並み以上の良心を持ち合わせていた男である。自分が育った孤児院が経営難だと聞かされたところへ、それを救う手立てが転がり込んできたとあれば、じっとはしていられない。更に孤児院の子供達に玩具が届けられるこの日は、それを実行に移すのに非常に都合のいい日なのであった。  しかしあと一歩のところで捕まってしまった。彼は自分の不甲斐なさに涙を浮かべる。 「まさか小心者のこいつが裏切るなんて思いもしませんでしたね。兄貴」  田村の持っていたぬいぐるみを奪い取った金髪の男が言った。 「小心者だからさ。不安を感じるから、ああだこうだと余計な事を考えちまうんだ」  冷たい声で答えたもう一方のスーツ姿の男は、ネクタイを緩め、咥えた煙草へ火をつける。
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