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依田は幼い頃から自分を律するという事を知らない人間だった。嫌な事はやらなかったし、やりたい事はなにがなんでもやった。
そんな我が儘が彼を当然のように裏社会へと引き込んだ。光の当たらないその場所は、彼にとって都合のいい事ばかりだった。
しかし四年前、依田は黒川という男に出会う。黒川は依田と似た性質を持ちながら、依田には無いものを持っていた。例えば依田が十の労力で手にするものを、黒川ならば一の労力で手に入れる事ができた。依田が十度首を振って拒否するものを、黒川は一度の否定で通り過ぎた。つまり依田から見る黒川は、グレートでスマートだった。
そうしてクソみたいな両親から始まった対人関係の中で、依田には最初で唯一の尊敬する人間ができた。その出会いが依田に自分を律する事と、誰かに従うという事を教えた。一人の偉大なる悪人が、吠えて噛みつくしか知らなかった狂犬に、新たな生き方を示したのだ。
依田は銃を突き付けられている今でも、黒川への絶対の信頼を抱いたままでいる。過去三度の過ちだって、二度は縛られている女を前に我を忘れてしまった故の事であり、もう一度は黒川を馬鹿にされた事が起因となっていた。黒川を裏切ろうなどとは頭に過った事もない。
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