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第六話 兆し
「なんの心配もないみたい♪」
絃の周りをうろついている小嶋さんのことを嬉しそうに菜々美がLIMEでそう言ってきたので、先ほどから漠然と会議に参加している。
「僕に協力してくれるのは誰だったっけ?」
デスクに戻るとそう小嶋さんにメールを送った。
大抵のことは自分の望む結果を得られるが、本当に手に入れたいものはなかなか手に入らないのだなと痛感する。
僕なら菜々美に正しい方向を示してあげられるのに。
「おまえはそれでいいのか?」
絃のことを潤んだ瞳で話す菜々美を思い出して思わず独り言を言う。
どうしたら絃がおまえには必要のない人間だと気が付くのだろう。
小嶋さんもただ僕の指示に従うだけで期待以上の行動をしてくれないし。
「ま、いいよ」
有利なのは家族である自分なのだから。
僕はワイシャツの袖をまくりあげると、仕事に取り掛かることにした。
普通じゃない。
姉の職場の先輩である瀬戸匠海という男を観察していて疑問がわいた。
実の妹を独り占めして、彼は本当に幸せなのだろうか。
最初の頃は姉に興味を持ってくれた、頼りになる先輩というイメージだったが、最近ではやりたい放題だ。
彼のために熱心に動く姉のことを近頃では面白みに欠けると思っているようだし。
目を覚ませと言ってやりたいが、シスコンであることは強く自覚しているようで、おかしいとも思っていないようだ。
このままこの男の自由にさせておいていいのだろうかと悩んでいたある日、不思議なことが起こった。
いつものように会社から瀬戸匠海の背後に憑いていると前方を彼の愛する妹と、幼馴染の絃くんという男の子が並んで歩いているのが目に入った。
瀬戸匠海は舌打ちをすると歩を速めて二人に近付いていった。
「菜々美!」
彼が大きな声で妹に呼びかけると、二人は驚いた顔をしてこちらを振り返った。
「お兄ちゃん!今日は早いね~」
思いがけず帰路で会ったことに喜ぶ兄妹の横で、絃くんという男の子は私にがっちり目を合わせてきた。
この世を去ってから人と目が合うことが初めてだった私は、驚いて彼に声をかけようとしてしまった。
ビクッとした彼はあからさまに顔を逸らして私を拒んだ。
彼の反応はショックだったが、私は嬉しかった。
お姉ちゃん、もしかしたら、少しは状況が好転するかもしれない・・。
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