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第二話 善人顔
正直乗り気ではなかった。
瀬戸さんとの打ち合わせ中、何度も妹さんの幼馴染みの絃くんとのやり取りを復唱させられた。
瀬戸さんは不可能に近いことを望んでいる。
彼に私への信頼を築いてもらうため、仕方なく妹さんの恋愛を妨害しようとしているが、私のことも少しは考えてほしいという欲求に最近駆られている。
「手伝おうか?」
ある時急遽多くの来客があり、給湯室でお茶を準備しながら今日はランチ抜きだなとうなだれていたときに、瀬戸さんから声をかけられた。
彼は二年先輩のホープで、仮に同期だったり同じ課に配属されたとしても接点が持てなかっただろうなと想像できる類の人だ。
「え、でも・・・」
戸惑った末にお忙しくないですか?と聞くと瀬戸さんは早めに昼を済ませたので構いませんよと微笑んだ。
狭い給湯室で、隣り合わせでお茶の準備をしながら、私はふわふわした気持ちで終始ウソでしょ?と幸せと緊張が入り乱れた時間を過ごした。
この時点ではもちろん彼に冷酷な部分があることに私は全く気付いていなかった。
駅前の本屋で菜々美のお兄さん、匠海さんに声をかけられた。
小さい頃は時々遊んでくれて、その頃からとても頭の切れる人という印象だ。
彼はもう社会人になってしまって、正直制服に身を固め始めた辺りから、まだ小学生だった自分は話しかけづらくなった。
「絃くんだよね」
「あ、はい」
もう何年も匠海さんとは会話をしていなかったので、なぜ突然僕に話しかけてきたのか、理解に苦しんだ。
「もう高校生だもんな。小学生の頃とはだいぶ違って見えるね」
「・・・。はい」
戸惑う僕に、匠海さんは駅まで徒歩で通っているのかと聞き、いつもは自転車だが今朝は小雨が降っていたので歩きですと答えた。
「そういえば・・」
唐突に匠海さんがからかうような表情をして、先日僕と女性が一緒に歩いているのを駅前で見かけたが、彼女なのかと聞いてきた。
「え!いえ誤解です」
恐らく彼は最近用もないのに僕のバイト先のカラオケに来る女性のことを言っている。
僕がシフトを入れているときに取りつかれたように毎回登場するので僕は彼女から逃げまどっている。
「あの人・・、どこからともなくいつも現れては話しかけてくるんで、困ってるんです」
そうなんだと言う匠海さんはなんとも言えない微妙な顔つきをしていて、高校生男子が好きなのかねと言った後、自制が利かない人はイヤだねとこぼした。
「あの、菜々美さんにはこのこと・・」
言わないよ~と苦笑する匠海さんの横顔を見て、なぜかこの人の横にいると息苦しいと感じた。
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