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第三話 判断を誤る
「その人・・、普通じゃないよね」
私の話を先ほどから意味がわからないという表情をして聞いていた洋は完全に瀬戸さんのことを悪い人だと決めつけている。
反論したくなったが、なるべく心を無にしてそうかな・・と冷静を装った。
「その人と関わってから、千尋は少ししか笑わなくなった」
「・・・」
気まずい沈黙が流れる中、陽気な常連さんたちが飲み屋の引き戸を開けて狭い店内に流れこんでくる。
「これからはもう少し笑う努力するわよ」
努力をしてするものでもないと思うけど、と洋が吐き捨てるので私は頭を振って直ぐにキレるのやめてくれない?とこぼした。
「そんなこと言うんだったらもう見守ってやんない」
「・・・」
洋はかつて私の妹の彼氏だった。
あの娘が命を落としてから、互いの想いを白状し合ったが、私たちが一緒になるのはナンセンスだろうと自分を偽ることに決めた。
彼は黙ってそれを受け入れた。
「感謝してるけどさあ、会社の先輩に憧れを抱くぐらいいいじゃない」
不貞腐れる私に、洋は瀬戸さんのことを裏でそういうこをとしているヤツは質が悪いと考えを変えなかった。
なにやら深刻そうな顔をした絃を電車の中で見かけた。
少し遠くから彼の表情を見つめながら、いつかは絃と彼氏彼女と言えるような関係になれるかもしれないと心の片隅で思っていた自分を責めた。
兄は彼に何か行動を起こしてくれただろうか。
例の女との関わりを、絃に思いとどまらせることができただろうか・・。
声をかけずにしばらくの間絃のことを眺めていると、やはり彼のことを失いたくないと改めて感じた。
中学生の頃は平気でコミュニケーションをとっていたのに、高校生になって学校が別々になってからというもの、なんだか臆病になってしまい、積極的に絃に話しかけられない自分がじれったくなってきてしまった。
「ききたいことがあるんだけど」
気が付くと私は誰かに遠隔操作されているかのように絃の方に吸い寄せられ、彼の制服の肘の辺りを掴んでいた。
「びっくりした・・。菜々美か」
絃は腕に激痛が走ったので何かと思ったと目を見開いた。
「そんなに強く引っ張ってないわよ」
口をとがらせる私の顔をを見て彼が首をかしげるので、私は自分の顔に何かついているのかと不安になった。
「菜々美の学校の校則って化粧オッケーなの?」
私は覗き込まれることに耐えられなくなってきて、うちは公立校だし、少しぐらいなら大丈夫なのだと説明した。
ふーんと言う絃に、なんだか上の空だったがどうかしたのかと聞いた。
「ききたいことってそれ?」
「えっ、いや・・」
明らかに顔色が変わった私に、絃はやっぱり筒抜けなんだなと言った。
「えっ?」
戸惑う私に、彼は匠海さんから何か聞いたのだろうとため息をついた。
「自己防衛するわけじゃないけど、俺はあの女の人と何もないぞ」
一瞬で生き返ったような気分になり、私は本当?と絃に確認した。
「本当だよ」
彼は匠海さんにも言ったんだけどなと不平をこぼすと、あの女性の行動が最近
おかしいことに気付いたと言った。
「先回りされてる気がするんだ。学校帰りとか、バイトに行くとき・・」
「何それ・・。ちゃんと迷惑だって言った方がいいんじゃない?」
「うーん、いつも気付かれないようにはしてるんだけど・・」
目上の人にあまり自分の意見を言えない絃は毎回失敗に終わっているとため息をついた。
「お兄ちゃんに頼んでみる!」
周りをうろつくなと兄から軽く命令されれば、その女性も自分の間違いに気づくかもしれないと私は絃に提案してみた。
自分が余計なことをしようとしていることに、彼の表情から察するべきだったのかもしれない。
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