夢だったことにしよう。そうしよう。

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夢だったことにしよう。そうしよう。

私、ルーディン・ルールー18才(昨日までは純潔だった)は2つ下の弟レニーとともにハルトバレル候爵家の使用人をしている。 一応私たち姉弟は貴族の端くれだ。 親は国から男爵位を頂いている。 とはいえ貴族の中では下の下の地位。 田舎の山奥に超ちっちゃな領地を持ってはいるけど、跡継ぎな兄ちゃんはともかく私と弟は平民も同然である。 我が家には残念ながらお金もないし、長男以外に分けられる土地も何もない。 そんな私たち姉弟は父親の昔馴染な縁でハルトバレル候爵家に行儀見習いを兼ねて私はお嬢様付きのメイドとして、弟は厨房の見習いとして雇ってもらっている。 貴族間では厨房は平民の仕事、というイメージが強く、跡継ぎでないとはいえ貴族の子息が見習いに入るのは珍しい。大抵は執事とか、騎士見習いになるのが普通だ。 けどうちの弟は菓子作りが趣味で今流行りのパティシエールを目指している。 ちなみにパティシエールは菓子職人のこと。 王都でしか聞かないが、すっごく腕のいい貴族に認められた菓子職人だけがパティシエールを名乗れるらしい。 レニーの作るお菓子ーー特にケーキは絶品だから、絶対なれるとお姉ちゃんは信じてるよ! そんな貴族の子息らしからぬ我が弟を馬鹿にすることもなく厨房の見習いにしてくれているハルトバレル家。 しかも跡継ぎに何かあったら領主になることも考慮してくれて、昼間は貴族の子息令嬢が通う学校にも通わせてくれている。なのでお仕事は朝と夕方以降だけ。 にも関わらずきっちりお給金は払ってくれているし、学費の援助までしてくれている。 私たち姉弟にとってハルトバレル候爵家とそのご当主である旦那様はまさに恩人であり神様のようなお人。 そして私がお仕えしているお嬢様は天使である。 嫡男の兄上様は氷の貴公子様(ぷぷ)。 そんな素晴らしきハルトバレル家に多大なる恩がある私。 なのに御曹司様を襲って気持ちよくして頂いちゃった不届き者な私。 そんな私は今、見るからに怪しい雰囲気を醸し出す黒や赤や紫のカーテンの檻の中にいる。 頭上に下がるのは仄かな灯りを灯す埃を被った小さなカンテラ。身じろぎするとギシギシ鳴くボロい椅子に腰をかけた私の前にあるのはやっぱり埃をたっぷりと被った大きな飴色のテーブルとヒビの入った湯呑とそれに注がれた湯気を立てるハチミツ入りのホットミルクとテーブルを挟んで向かい合って座るフード付きのローブを着た人物の長い裾からわずかにはみ出た色とりどりの爪とちょっと丸っこい指。 「ーーで?」 ローブの人物が口を開く。 深く被せられたローブで、顎の付近しか見えないけれど、ほんの少しちら見えした下唇の端が確かに笑うように持ち上がったと思う。 と、いうか、十中八九笑っている。 もう腹抱えて笑いたいところを堪えてるんじゃなかろうかと思う。 いつもは私相手なら外しているフードをいつまでも深く被ったままなのがそのことを物語っている。 「酔っぱらって雇い主の家の坊ちゃんを襲って?童貞チェリー頂いちゃったから?その事実を夢だったことにしたいと」 今度こそフードの奥から「ぶふっ!」という音が聞こえてきて、私はムッとする。 が、それよりも気になる言があったので、先にそちらに反論することにする。 「いやいやいやいやいや!童貞チェリーじゃないでしょ!!たぶん!あの人モテモテだよ?なんたって氷の貴公子様(ぷぷ)だよ?」 「えー?でも氷の貴公子(笑)って見た目もだけど寄ってくるご令嬢方を片っ端から冷たくあしらってるから氷の、なんでしょ?」 いやいやいやいやいや、と私は首をブンブン振りまくる。 「ないないないないない!それはないって!!」 というかあったら困る。 私なんかの処女を頂いてもらっちゃっただけでも申し訳ないのに、その上あっちのお初を頂いちゃてたとか? そんなの私の罪悪感が頂点を超える。 もう旦那様にもお嬢様にも顔向けができないじゃないか! 旦那様はともかく、お嬢様に会えない。 馬鹿可愛いお嬢様の顔が見れない? そんなの想像しただけで涙が駄々漏れるよ!!!!! 「そりゃいいとこのご令嬢には手ぇ出してないと思うよ?既成事実を盾に婚約やら結婚やら迫られるだろうし。けどあの人ももう22だよ?たぶん今一番性欲バリバリなお年頃だよ?それこそ酔ってたとはいえ私なんかに襲われてつい致しちゃうくらいに。きっとそういうお店にそれなりにお金落としてるはずだよ!そ、それに……その、手慣れてた、と思うし」
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