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その能力と地位に旧人類は羨望しただろう。だが彼女にとって余分だ。改体を志願したわけでもない。確率変動のパンデミックを操る不可視の脅威、自ら人類の天敵と名乗る精神生命体と対峙できる素質を見出された。
そいつ——特権者は天災地変から交通事故まであらゆる災厄の発生確率を恣意的に操作し、人類を苛む。
核兵器も完成間近の念動力も効かない。抗える者は稀な凶運の持ち主だけだ。禍福は糾える縄の如しというが、不運に恵まれた者は因果を偏向させる才能もあるのだ。
彼女——人間を辞める前は熊谷真帆という女子高生だった。たまたま特権者の攻撃に居合わせた現場で運命抗体が発動し、適合者と見なされた。他に候補者がいないため、街中にあるキットを用いてなし崩し的に航空戦艦に改造された。
それ以来、天使の翼と半魚人の鰓を授かり、頭上に巨大戦艦を従えたまま、悶々と軍務を果たしている。
戦艦の天文学的な建造費は彼女の恩給で退役するまで贖われる。
「つか、何でわたしが…」
真帆は艦と心を一にして最寄りのガス星雲を横断した。右舷の分析器を起動し、星間物質を嗜む。
「うん。おいひ…」
重水素のフレーバーにヘリウム3を混ぜるとシロップ漬けほどでもない安定した甘さがある。
もっともそれは換算された五感だが。人間態で採る食事とは別格でつい癖になる味だ。
「私とした事が」
彼女は順応しつつある自分に嫌悪と親近感と慚愧を感じる。
「満更でもなさそうじゃん」
通信帯域に僚艦が割り込んだ。義姉のグレイスだ。本名を玲奈という。一言で言えば中二病。
「うっさいわね!独りにしてよ」
”力が欲しいか”
玲奈は淡古印で囁いた。”汝、力を欲せん”
「わかったからマオサウの件は単独捜査させて、つか貴女、何でここに?」
《3時の方向に大規模な重力波探知!》
サブシステムが警告。同時に黄金色の走査線が密集して航空戦艦アストラル・グレイスが現出する。
旧露西亜のSu-57に可変翼を二枚足した様な流線形。尾翼にアニメヒロインが描いてある。彼女らしい、悪趣味の極み。
”大いなる力には大いなる”
「わかったから!お姉ちゃん、もういい」
二隻は直交座標をマオサウに照準。一気に形而上を駆け抜けた。
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