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2.友達
「……ふぅぅ。やっと終わった」
智夏は、溜息をつきながらぶつぶつと文句は言うものの、朝練自体はちゃんとやっていた。
根は、律儀で生真面目な子だものねと、親友の緒美は微笑みながら思うのだった。
「お疲れ様」
「緒美ちゃんもお疲れ様。あ~……。しんどかった」
智夏は、黒縁眼鏡を外して目を閉じ、用意していたタオルで顔を拭った。
「……」
ああ、まさにこういうところだ。
この子のこういう、無意識な仕草がたまらなく可愛いのよねと、緒美は思った。
智夏の白い肌が、ほのかに汗を帯びて、しっとりとしているのがわかる。
運動を終えたばかりで体温が高く、ちょっとむわっとした汗の匂いの中に、石鹸の微かな香りを感じる。智夏が毎日塗っているという、制汗デオドラントのそれだろう。
切れ長な目は、地味な堅物眼鏡を外してコンタクトレンズに変えてみれば、もっと華やかになることだろう。そうしたら胸の大きさだけでなくもっと、今以上に男子達の憧れになるのは間違いなしだ。
智夏の外見は、自分にあまり自信がないという性格を物語っていた。
(それが可愛いのよ)
緒美にとっては、智夏のこういう無頓着なところこそが、たまらなく好きなのだ。
でも、あえて本人に指摘はしない。
沙弥と明穂達には、お願いをしていた。
『私は、あの子のこういう所が好きなの』
だから、それをやめさせるようなことは、どうか言わないで欲しい。お願いだから、本人に気付かせないで、と。
親友二人は、快く応じてくれた。
それは、智夏には内緒の、三人だけの密約だった。
(ああ、もう)
もし、これが誰もいないところであったならば、きっと衝動の赴くままに親友を抱きしめていたことだろう。緒美は、間違いなくそうだと思った。
「本番は、ちゃんと先に走って行ってよね? 私の事なんて気にせずに」
「そうね。本番は、そうさせてもらうわ」
「まー。ビリになるかもしれないから、だいぶ待たせちゃうと思うけど」
「大丈夫。ちゃんと待っているわよ。いつまでも、ね」
きっと智夏は途中でぜーぜーと苦しそうに息を切らせ、歩いたりしながらも、どうにか完走を果たすことだろう。そういう子なのだ。
二人でそんな話をしていると、元気印の沙弥と、その相方である明穂がやってきた。仲良し四人組の集結だ。
「やっほ~い! ともちゃん! おみちゃん! お疲れ~!」
「みんな、お疲れ様」
この二人も同じ。
たとえ智夏がどんなにへばっていても、決して笑ったりせず、ゴールするのを待ってくれる。
かけがえのない友達だと、智夏と緒美は思っていた。
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