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3.ゴールの時まで
町外れにある、広大な自然公園。
大きな人造湖をぐるりと取り囲むようにして、遊歩道が整備されている。
ゆら中のマラソン大会は、毎年決まって、そんなところで行われている。
「ここに辿りつくまでに一運動なんだけど」
長い坂道を上り終え手、目的の広場に辿りついた。
智夏は心底うんざりしたように、そう言った。あんまり本数のない電車を乗り継ぎ、散々歩かされてきたのだから、無理もない。
「そうね。ちょっと、不便なところよね」
緒美も、それには同意の模様。
「ちょっとどころじゃないよ。もっと、近場でやればいいのに」
智夏は、スクールバッグから藤色のカバーがかかった水筒を取り出して、一口、二口と飲んだ。中身は氷入りの冷たい麦茶だ。
遂に、智夏にとってこの上なく憂鬱なイベントも本番。マラソン大会の当日になってしまった。
「大体、ちょっとやそっと練習で走ったくらいで、長距離走に慣れるわけがないんだよ」
こういうものは、長きにわたる習慣付け。数年単位で続けなければ、きっと慣れることは無いのだろう。智夏はそう思っていた。
「そうかもしれないわ。……でも、決められた以上、仕方がないことね」
緒美はそう言って、微笑んだ。
やりたくないことだって、時としてやらなきゃいけないものだ。常に逃げ続けることはできない。
「無理をしなくていいから、最善を尽くしなさいな。順位なんて、気にしなくていい。最下位でも、完走できなくてもいい。やるだけやってみなさい」
緒美が、ふて腐れている智夏に諭す様はまるで、年の離れた姉か、母親のよう。口調は柔らかく、優しい。
「わかってるよ。走れるだけ、走ってみる」
広場には既に、全校の生徒が集まっていて、スタートの時を待っている。智夏達は二年生なので、一年生組がスタートし終えてからだ。まだ、しばらく時間があった。
「それはそうと。沙弥と明穂はどこかしら?」
「えーと。……あ、いたいた」
智夏は、元気印の二人の姿を探してみる。幸いな事に、すぐに見つかった。仲よさげに、ストレッチをしている。
「明穂ぉ。勝った方が、一日何でも言うことを聞くってどう?」
お調子者の沙弥が、明穂にそんなことを言っていた。
「え? いいの? 勝ったら何でも聞いてくれちゃうの? 本当?」
明穂は目を輝かせながら、沙弥に問い返した。どうやら、負ける気はさらさら無いようだ。
「もちのろんだよ! ……っていうか、勝つ気満々? もしかして、もう勝った気でいる?」
「だって~。沙弥が~。何でも言うこと聞いちゃうって言うんだもん。……何してもらおっかな~」
ほわ~んと、緊張感の欠けらも無い笑顔になる明穂。普段の凛々しい表情は、一瞬にして崩れた。
明穂は既に何をしてもらおうか、頭の中でじっくりと考えているようだ。その余裕は沙弥を刺激して、本気にさせる。
勝つのは果たしてどちらか!?
「むきー! 絶対負けないからね~!」
沙弥も、やる気は満々だったようだ。
全力で明穂をぶちぬいて、そして、恥ずかしいことをさせてあげよう。うん。そうしよう。決定! そんなふうに思っていた。
「二人共。楽しそうね」
「あ、おみともちゃん。やほー」
沙弥の中で智夏と緒美は、二人一組のセット扱いのようだ。
「いいなあみんな。運動が得意で、楽しそう」
じゃれ合う二人を見て、智夏の強ばった表情が柔らかくなっていく。一緒にいるだけで安心出来る、親友だった。
「逆に、それしか取り柄がないとも言えるかな~?」
明穂がちょっと自嘲気味に言った。勉強はあんまり得意じゃないので、テスト前は智夏のお世話になりっぱなしなのだから。
そんな時、大きな音が鳴った。
どうやら、一年生達が動き始めたようだった。
スタートまではまだまだ時間があるけれど、とりあえず智夏達も準備運動を始めることにした。
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