4.苦しみを超えて

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4.苦しみを超えて

 呼吸が苦しい。  脇腹も、何だか段々ズキズキと痛んできた。  スタートは決して悪くはなかった。智夏は慎重に、ゆっくりと走り出した。  そのはずだった。それなのに、序盤でこの体たらく。情けなくて溜息が出てしまう。 (とにかく、歩かないようにしなくちゃ)  正直、ものすごくしんどい。けれど智夏は、たとえスローペースでもいいから、走るのだけはやめないようにした。  幅の広い遊歩道は木々に覆われ、日差しは遮られている。涼しい風も時折吹いてくれるけれど、智夏は暑くてたまらなかった。  定められたコースは、全長7キロ。長い!  遊歩道の途中で折り返し地点が定められており、やがて戻ってくることになる。  そうこうしているうちに、早くも先頭集団が走ってきた。 「ともちゃんがんば!」 「無理しないでね!」  トップは二人。それも、見知った顔だった。短距離走ですか!? と、思うような凄まじいハイペースで、沙弥と明穂がずどどどどっと駆け抜けていった。  どうやら、あの二人は本気で勝負をしているようだ。はてさて、どっちが勝つのやら。で、勝った方は負けた方に何をお願いするのやら。後で聞いてみよう。 (速いなあ)  運動音痴な自分とは全然違うなぁと、智夏はくすっと笑った。 「はっはっ。ふっふっ」  まずは、折り返し地点まで辿り着かなければいけない。規則正しく、吸って吐いてを繰り返す。呼吸を整え、両手をしっかりと動かす。  智夏の奮闘は続く。 ◇ ◇ ◇ ◇  緩やかな上り坂が続く。けれど、智夏の心は全くもって穏やかではなかった。平面だけでも辛いのに坂なんて、最低だ。 「はぁ、はぁ、ふぅぅ」  まだ折り返し地点は見えない。  つい先程、緒美とすれ違った。  彼女はゆったりとしたペースで序盤を乗り切り、折り返し地点からスピードアップを図るという作戦のようだ。沙弥と明穂ほどではないけれど、きっと学年でも上位に食い込むに違いない。 『無理せず走りなさいな』 『うん』  すれ違い様のやりとりはそんな感じ。それだけで通じる仲。一生懸命走って完走したら、きっとお褒めの言葉をかけてくれることだろう。  そう言えば前に、体育の男性教師が言っていた。  しばらく続く苦しい時を乗り越えたら、その先にはセカンドウィンドと呼ばれる楽になる状況が訪れるとのこと。あるいは、ランナーズハイとも言うそうだが。 (そんなの嘘でしょ?)  どれだけ走っても、そんな時は訪れない。気配すら感じない。  智夏はもはや、信じる気にもなれなかった。 (まだ? 折り返しは、まだなの?)  長いカーブを延々と進む。  きっとこの先に、中間地点があるはずだ。  中間地点に達したら、あとは下り坂になる。とりあえずは、それまでの辛抱だ。 (まだ? ……あ)  折り返し地点が見えた!  智夏はほんの少しだけ、走る速度を上げた。
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