3.恋人

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3.恋人

 こだま号から在来線に乗り継いで地元に帰った。定時が過ぎるのはわかっていたので、直帰の許可はもらっている。もっとも肇が直帰したのは、恋人、鳴上秋央の家であるが。  もらった鍵でエントランスに入り、511号室に向かう。  玄関脇のインターフォンのボタンを押した。 『はい?』  少し緊張した声に安心させるように答える。 「ただいま戻りました、坂下肇です」 『ちょっと待て』  ドアが開くと愛しい人が顔を見せた。白いTシャツ姿だ。 「何のために鍵を渡したと思っているんだ」  お説教から入るのも、もう慣れたもの。 「いきなり鍵が開いたら、それはそれで怖いでしょ?」  秋央が顔を赤くして、肇のくせに生意気ななどと言っている。  今日は秋央の手作りのカレーだった。野菜や肉がごろごろ入っている家庭的な一品だ。副菜は生野菜のサラダ。  二人で缶ビールのプルタブを開ける。 「初出張、お疲れ様。お遣いご苦労さん」  カシンと缶をあわせてビールを口にする。 「うまい」  思わず口から出ていた。秋央が笑った。 「出張に行くと、水分補給を忘れるからな。後で水も飲んでおけよ」  そう言われれば、昼食を摂るのを忘れていた。それを言ったら叱られるのはわかりきっていたので、黙っていた。  秋央のカレーは優しい味がした。母の味と言うより、もっと懐かしい祖母の味のような気がする。  空腹を刺激され、しっかりおかわりまでしてしまった。  二人で片づけをして、二缶目のビールを飲んでいた時、突然秋央に訊ねられた。 「課に土産は買ってきたか?」  胸を張る。 「はい、部課長入れて人数分以上あるお菓子を選んできましたよ」 「日持ちのするものにしたな?」 「はい。鳴上さんに言われたとおりにしました」 「よし、合格」  今が話を切り出すチャンスだとわかった。 「あのー、秋央」  名前を呼ぶのは恋人モードに切り替えた時だ。 「んー?」 秋央はビール缶をあおっている。 「プレゼントがあるんです」  土産の袋の影に隠していた、Beyond the worldの袋から、包装された箱を出す。小さなリボンと「for you」と書かれたシールも貼られている。 「これ、受け取ってください」 「プレゼント? 俺の誕生日は十二月だぞ」 「わかってます。初出張の記念もかねて、買ってきたんです」  受け取った箱を眺める秋央を見つめ、促した。 「開けてください」 「あ? ああ」  秋央は、あの店員がきれいに包装してくれた紙を、裏から丁寧に剥がした。  白い箱のふたが持ち上がる。  秋央が息をのんだのがわかった。 「この青、秋央に似合うと思って」 「……派手だな」  即答で否定しなかったところを見ると感触は悪くない。 「絶対似合いますって」  立ち上がって、怖じ気づいたふうの秋央の手から箱を取り、丁寧にシャツを取り出した。すべてのボタンを外し、Tシャツの上にはおらせる。 「ああ、やっぱり色が白いから映えます」  秋央が見上げてきた。 「お前何しに京都まで行ったんだ?」  困惑顔の秋央の問いに直接は答えず、足元に跪いた。 「俺も、これを買ったんです。その……色違い……」 「おそろいということか?」 「はい」  袋の中から白い薄紙に包まれた緑色のシャツを取り出した。 「五月五日、俺の誕生日なんです。その時、そのシャツ着てもらって、俺は自分のを腰に巻いて、散歩するだけで……それでいいんで。俺への、誕生日プレゼントということで……」  秋央が盛大なため息をついた  怒られるかと首をすくめる。 「お前そういう重要なことはもっと早く言えよ。こっちにも都合ってものがある」 「空いてませんか、五日」 「違う。プレゼントの方」 「だから、その、おそろいを着て一緒に歩いてもらいたいなーって」 「それがプレゼントになるのか?」 「はいっ」  大きくうなずく。  秋央が頬杖をついた。 「どうするかな」 「秋央ぉ」  縋るような言葉に、秋央はすげなく、 「考えとく」  ここで突っ込みすぎると退かれてしまうのは今までの経験で懲りている。肇はぐっと我慢した。
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