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1.初めての出張
ゴールデンウィーク直前、客先での最終試験中のシステムに致命的なバグが発覚した。直ちにデバッグされ作成された新バージョンの実行イメージは、現地へ人の手で運ばれることになった。
その運搬係に坂下肇が指名された。肇はたまたま自分の担当部分が一段落したところであったし、入社二年目で先輩たちの顔もわかるしで、うってつけだったのだ。
かくして肇の初めての出張は京都だった。
新幹線をこだまからひかりに乗り継いで、京都駅へ。そこから客先企業へタクシーで移動した。
客先ではスマホを受付に預ける物々しさで緊張したが、試験場に案内された肇の顔を見た先輩たちのほっとした顔を見て、肇自身も安堵を覚えるとともに、役に立ったという誇らしい気持ちになった。それだけ運んできたシステムは重要で、先輩たちは肇の到着を待ち焦がれていたのだ。
現地で新しいシステムがインストールされ、問題の箇所が確かに修正されていると確認された午後三時頃、肇に帰社許可が下りた。
せっかくの京都であるが観光している時間はない。ただ、指定席を取った新幹線の出発時刻はまだかなり余裕がある。
スマホで調べた駅近くのショッピングモールの一階で、課に配る土産の菓子を買った。
それから肇は、誕生日に恋人鳴上秋央へのプレゼントも買うつもりで、ショッピングモールの二階へエスカレーターで上がった。
ざっと見渡してメンズを扱っている店に目星をつけている時、肇の目がとまった。
白木の内装が明るい印象の店の入り口で、やけに背が高く体格のいい男が、展示している服を直している。
素直にその身長の高さに感心した。それからやけに白っぽい髪にごくりとつばを飲み込んだ。アッシュグレーとでもいうのか、モデルのような髪色は、肇の住む片田舎の街では見たことがない。
印象的なその男に、ビッグサイズのTシャツとワイドパンツというカジュアルな服装は、よく似合っていた。
(ここに入ろう)
肇は店員の傍らを通った。
「いらっしゃいませ」
変わったイントネーションだが、思いがけず澄んだ声がかけられた。
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