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古びてボロボロになった段ボールの底にいるのが場違いと言いたげな、拳二つ分ほどの大きさの七色に輝く箱を男は手に取った。箱の上部には銀色の文字で『マジカルグラス』と書かれている。男は箱を頭の上まで持ち上げて、いかにも訝しげに箱をぐるりと一周させてから側面の説明書きを読んだ。
貴方の記憶に直接アクセスして
潜在意識の中で見たいものを映像化!
安全面には十分に配慮されておりますので
安心して夢の世界をご堪能下さい!
「こんなものはでたらめに決まってる」
男は呟くと、そのまま段ボールの底に再度沈めようとして、手を止めた。すると今度は、誰もいないとわかっていても、何となくぐるりと見渡してから、箱の蓋に手をかけてそっと引き上げた。
箱の中から姿を現したのは、何の変哲もない銀色のフレームの眼鏡であった。眼鏡を手に取り、つるを開いてその形状を眺めてみても、特段変わったところは見つからない。男はそれを耳にかけてみることにした。
「ほら、やはり何も起こらないじゃないか」
男が眼鏡を外そうと右手でフレームを掴んだ時、人差し指に小さな違和感を感じた。微かながら突起があるようだ。男は半信半疑の気持ちを拭えないままそれを押した。すると眼鏡は、微かに歯医者に響くような高いモーター音を立てると、すぐにそれは止んで、ガラスがほんのりと黄色がかった色に変化した。
「これで準備完了というわけか。どれ、どんな夢の世界が待っているのか、楽しませてもらおうじゃないか」
男は夢の世界などは決して信じたわけではなく、むしろ皮肉を込めて言ったのだ。
「あら、出かけるの?」
キッチンの方向から声がしたような気がした男は一瞬足を止めたが、すぐに小さく首を振ると、無視して外の世界に出た。
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