マジカルグラス

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 昼下がりの住宅街はまるで人っ子一人いないというくらい閑散としていた。男は近くの公園に行こうとゆっくりと歩き始めた。  角を曲がって、公園の入り口が見えたと同時に思わず、男はあっと声を上げた。横断歩道を渡るお婆さんに向かって車が猛進していたのだ。車はけたたましいブレーキ音を上げながら、すんでのところでお婆さんを避けて道の真ん中に停車した。 「馬鹿野郎! どこみて歩いてんだっ!」  運転手の怒号が辺りに響き渡ると、車は姿を消した。 「大丈夫ですか?」  男がお婆さんに声をかけた。すると思いがけない言葉が返ってきた。 「なんで助けたりするんじゃ! せっかく、お爺さんの所に逝けたのに」  お婆さんはしわくちゃの顔をさらに歪ませて、鬼のそれに変えた。  その場をそそくさと立ち去った男は、高鳴る鼓動を鎮めようと公園のベンチに座った。  何とはなしにすべり台で遊ぶ子供を見ていると、昼下がりの公園には似つかわしくないといった印象のおじさんがすべり台に近寄っていくのを見つけた。おじさんの手には様々なお菓子の入った袋が握られている。何やら周りを伺いながら子供に話しかけたかと思うと、公園に横付けした車を指差して子供に手招きをしていた。  子供を誘拐するのかも知れない。男は立ち上がってすべり台に駆け寄ると、 「うちの甥っ子に何かご用ですか?」  と、強い口調で言った。おじさんは舌打ちをしてそそくさとその場を後にした。 「いいかい、坊や。知らないおじさんに着いていったら絶対にダメだからね」  子供はお菓子が貰えなかったという不満をわかりやすく顔で表現しながら口を開いた。 「お前だって知らないおじさんだろ? まったく、お母さんと同じこと言ってら」  あかんべーをして男に背を向けた子供は、苛立ちを発散するかのように迎えに来た母親を蹴り飛ばした。
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