真夏の幻影

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 川辺に到着した健一は、橋から半身を乗り出して様子を伺った。思いの外水量もなく、川岸に下りている人は誰もいなかった。これなら大丈夫と踏んだ健一は、自転車から跳び下りて、生い茂る草をロープのように器用に掴んで颯爽と川岸に下りていった。  大きめの石を選んで、慎重に川への一歩を踏み出した健一は思わず叫んだ。 「ひゃー、冷たくて気持ちいー! やっぱり川に来て正解だ」  健一は時間を忘れたように、石渡りや水中に生きる昆虫の探索に勤しんでいた、その時であった。  明らかな油断。踏み込んだ石の苔に足を滑らせてしまい、グラリと大きく体勢を崩してしまった。  なんとか川底に手をついて洋服が濡れるのを回避した健一だったが、すぐに異変に気が付いた。片方の足の裏に、直接石を踏みしめている感触があったのだ。そして、川下に目を向けると健一は叫んだ。 「やばい、ビーチサンダルが流されてる。なくしたらお母さんに怒られちゃう……」  健一が流されたビーチサンダルを追いかけようと一歩を踏み出した、その瞬間だった。  上流から流されてきた流木が健一の足を刈って、健一の体は一瞬で川底に沈んでしまった。健一の小さな体は流され、水流が増すことでできた渦にはまってしまい、立ち上がることも、顔を上げることもできなかった。 (ゴボゴボ……死んじゃう、助けて!)  小さな少年の願いなど聞き入れる余地などない。自然とは時に非常なものである。  その時、健一の背中を何かが強く押し上げたかのように、健一の体が水面に浮いた。健一はその瞬間を見逃さず、なんとか川べりに生えた草を掴んで体勢を立て直した。
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