真夏の幻影

4/4

43人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
 何とか一命をとりとめた健一は、ぜえぜえと必死に酸素を体に取り込んでいた。  バチャン!  何かが水に叩きつけられたような音がした。健一がその音源である川の上流に目を向けると、そこには追いかけていたはずのビーチサンダルが、プカと浮かんで健一の方へと流れてきていた。  健一は狐に摘ままれた思いでビーチサンダルを掴んで、そして安堵した。これでお母さんに叱られないですむ。 「おい、小僧!」  下流の方からいきなり声をかけられた健一はビクリと体を翻した。十メートル下流に、下半身を川に沈めた一人のおじさんが健一に手を振っていた。おじさんは続けて言った。 「小僧、今日川は危ないから外で遊びな。お前がいると魚が逃げちまう」  おじさんが麦わら帽子を取って健一に手を振っていた。太陽と、それを反射する水面の影響か、おじさんの脳天がキラリと光るのを見た健一は思わず叫んだ。 「河童だ!」  高鳴る鼓動で、最上の感謝をどうしても伝えたいと考えた健一は、考えに考えた末に言った。 「そうだ、あの岸の向こう側にきゅうりがたくさんなってるよ!」  健一は手にしたビーチサンダルをしっかと履いて岸に駆け上がった。橋の欄干でおじさんに手を振ろうと立ち止まった健一は唖然とした。  おじさんの姿がもうなかったからである。 「消えちゃった。やっぱり本物の河童だったんだ、すげぇ! 絵日記に絶対書こう、オレは河童に会ったんだ!」  そして健一は、服を乾かすことなど二の次に家路に着いた。  一方、岸向こうのきゅうり畑のおじさんは、きゅうりに一口かじりつくと思わずこうぼやいた。 「きゅうりは栄養がないんだよな。あぁ、腹減ったなぁ……」 ◆◆◆ 完結 ◆◆◆
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加