夜の商売

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 鮫島の仕事は手早かった。軽自動車の十メートル後方に位置づけた鮫島の車は、ライトを点けるなり車線を出て一気に加速して、軽自動車の前方にスルリと滑り込むと、すぐに真っ赤なブレーキランプを点灯させた。  ドン、と鈍い衝撃を背中に受けた鮫島はニヤリと笑った。  鮫島はゆっくりとした所作で車を降りて、軽自動車の運転席の窓をコンコンと叩いた。車の窓が下りると、運転席の女が焦燥で顔を歪めていた。 「困りますよ、もう少し車間を開けていただかないと」  鮫島は至極丁寧な口調で言った。相手を威圧しても無意味なのだ。逆ギレされても、法廷で闘おうなどと言われても、面倒なことこの上ない。弱者を装って、相手を納得させれば勝ち、ということを鮫島は心得ていた。 「あの、ごめんなさい、急いでいて……」  女は息も絶え絶えといった様子で続けた。 「病院に行かないと……息子が急に苦しみだして……」  息子、という言葉に反応した鮫島が助手席を覗くと、幼少の子供がぐったりうなだれていた。これは予想もしていなかった、と流石に焦りを覚えた鮫島だったが、それを表情に出すことなくいかにも冷静に言った。 「状況は分かりました。では私の車で貴方達二人を病院に運びます、エンジンの潰れたその車で走るのは危険ですから。そのあと、事故の件はゆっくりとさせてもらいます」 「分かりました、お願いします」  女は懇願するように言った。
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