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二人を車の後部座席に乗せた鮫島はしめしめと思っていた。
病院に連れて行くことで親切な人として心象も良くなる、示談金も想定以上に多く取れるかも知れない、それに……。鮫島はバックミラー越しに女の顔を見て舌舐めずりをした。子供がいるとはいえ、いい女だ。
「ねえ、おじさん。首、痛い?」
夜間診療をやっている病院まであと十分というトンネルの中で子供が話しかけてきた。
「さっきの事故で少しな。それより坊主こそ大丈夫なのかい?」
「僕は死なないから大丈夫。それより僕が痛いのなくしてあげるよ。ね、いいでしょ?」
鮫島が困り顔で女を見ると、女も困り顔になりながらも口を開いた。
「あの、もしご迷惑じゃなければ」
「分かったよ、肩でも揉んでくれる……」
急にバックミラーに子供の顔が映って、鮫島は思わず言葉を詰まらせた。子供らしい可愛い笑顔、口元には大き目の八重歯。
その瞬間、首元に違和感を感じた鮫島は、みるみる内に力をなくして、ハンドルから離れた手がダラリと垂れた。足は自然とアクセルから離れ、車は速度を緩めて停止した。
女は申し訳なさそうに口を開いた。
「この子、ねずみの血を吸ってお腹を壊してしまったの。でも貴方のお陰できっと治るわ、人間の血は百薬の長だもの。ほら、もうその辺にしておきなさい」
子供がプハッと鮫島の首元から口を離したのを見た女は続けた。
「こんなに吸って……。ごめんなさい、貴方はもう死ぬしかないの。だからせめて……」
女は後部座席から運転席へと身を乗り出して、言葉を発することもできなくなった鮫島に顔を近づけると、艶めかしい光沢を帯びた厚い唇を寄せていき、そして鮫島の唇を噛み千切った。
舌なめずりで唇の周りに付いた血を拭う子供が言った。
「これだから当たられ屋はやめられないね」
「こんなの商売にしているつもりはないわ。何故か夜になると人間が車をぶつけてくるのよ」
女はそう言うと、フフッと妖艶に微笑んだ。
◆◆◆ 完結 ◆◆◆
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