孤高の達人

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 大理石をカラリと叩く下駄の音が玄関に響くと、それを合図に運転手がリムジンのドアを開けた。走り出したリムジンの後部座席で受話器を握った源之助は、 「今日はどこだったかな?」  スピーカーを通した運転手の声が後部座席に響く。 「横浜の港です。到着は二時間後になりますので、どうかごゆっくりなさって下さい」 「二時間か……」  受話器を置いた源之助は、後部座席に備えつけられたテレビの電源を入れた。映し出される映像はどれも源之助にはピンとこなかったのか、煙草を吹かしながら死んだ魚のような目でぼんやりとそれを眺めていた。  港に降り立った源之助を迎えたのは、雑誌の編集長だった。 「先生、今日は我が社の雑誌に出ていただけるだけでなく、このような場所にまでご足労いただき、本当にありがとうございます」 「それは構わんのだが、頼むから先生は止めてくれないか。先生と呼ばれるようなことはなにもしていないんだ」 「それはできません。先生はおんとし九〇歳。その道を七〇年以上、ご家族を犠牲にしてでも続けてきておられる方を先生と呼んで、なにを間違いがございましょう」 「家族を、か……」
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