孤高の達人

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 源之助は三〇年前にこの世を去った妻のことを想った。妻が死んだ時、源之助が世間の批判を浴びることになったのは、ある雑誌の記事がきっかけであった。人の命を顧みることのない悪魔、と呼ばれ後ろ指を指されたのであった。それが今や雑誌社の方から、頭を下げて、源之助へ取材の依頼が運ばれてくる次第である。  うつむく源之助を横目に見た編集長は、しまった、と焦燥した様子で、 「そ、それではすぐに撮影に入りたいと思います。ほら、お前ら、早く用意しろ!」  源之助はカメラマンの指示に従って、慣れた様子で一つ一つ丁寧にポーズをとっていった。 「ではまずビットに足をかけて。それです。いやー渋い! 一枚いただきます」  パシャッ! 「それでは次はこの角度で。青い海と近代的なビル群との対比が最高です」  パシャッ! 「最後にアップをいただきます。満面の笑みで、プカッと、美味しそうに! そう!」  パシャッ!  雑誌の発売日、家に届いた雑誌を開いた源之助は重い溜め息をついた。  「平泉源之助 人々は彼のことを『孤高の達人』と呼ぶ」という標語とともに掲載された、源之助が煙草を吸う写真を見て、源之助は一人呟いた。   「日本に残された喫煙者はとうとうワシ一人。これこそ悪夢と言っても過言ではない」
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